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二十四粒目『ジョイのこと⑫』

ワイとジョイは散歩にでかけるわけやけど、
家を出てから、東西南北、どの方向にも行き先は広がっている。
日によって、いろんなコースを歩くんやー。

そのなかで、南のほうに向かうコース、
小学校の方面に行く散歩道がある。
家を出て、小路を進み、車道に出て、
信号を渡ったところに、
「いけだタバコ屋」という、小さなよろず屋があったんや。

そのいけだタバコ屋の庭は塀に囲まれていて、
歩道沿いに歩いていくと、裏のほうに金属の格子の門があるんやな。
そこから庭の様子が見えるんやけど、
そこに犬がおるねん。

いつのころからかジョイは散歩中に
いけだタバコ屋の、庭の門を挟んで、
そこに飼われている犬と、
しっぽを振り振り、じゃれあう時間を持つようになったんや。

いけだタバコ屋の犬は、白い犬で、やさしい顔立ちをしていたけれど
こちらもジョイに会うのがうれしいようで、
おたがい、ひじょうに喜んでいるのがつたわってくる。

とてもなかよしの様子であるから、
ワイもすぐに引き離すことができなくて、
しばらくの間、フガフガ、戯れさせておくんやな。
ま、いつまでもそうしてもおられへんから、
最終的には引っぺがして帰るんや。

いけだタバコ屋の犬の名前はよく覚えていないけど
たしか
「ハナ」
だったような気がするので、「ハナちゃん」ということにしよう。

さてそんなある日のこと。
ワイは高校生やった。
たしか時刻は夕方、自分の部屋で、
ひとりで本を読むかなんかしておったんや。

ワイの部屋には窓があって、
北側の窓は、狭い庭に面していて、
庭にはゆずの木が植わっているんやが、
そこに犬小屋を置いていて、ジョイがつながれておったんや。

さて、ワイが本を読んでいると、
窓の外で、なにやら、騒がしい音がする。
なんや?ジョイなにしとるんや?
と思って、ワイは外の様子をうかがった。

そしたらなんと、そこにはジョイと一緒に
「ハナちゃん」
がおったんや。

こんなふうに
「ハナちゃん」
が来るのは初めてのことやった。
放し飼いをされている様子はまったくなかったから、
わずかなスキをうかがって、逃走してきたのかもわからん。

そして、そんな千載一遇の、
一生に一度あるかないかの自由行動ができるチャンスに、
おそらくまっすぐに、ジョイに会いに来たんや。

そうと考えると、
これはなんか、ロマンスやんか。
ロミオとジュリエットやんか。

ジョイは鎖につながれたままやから、
あんまり身動きが自由ではないけれど、
ひじょうにうれしそうに、
ジョイと、ハナちゃんは触れ合っておったわー。

ああ、なかよしやなー、
なかよきことはうつくしきかな、やなー。
ふれあっとるなー、
と思ってほほえましく見ていたところ、
ジョイが、ハナちゃんの背後に、ぴょん、と、とびついたんや。

そしてジョイは、本田美奈子みたいな動きをしたんや。

つまり
『1986年のマリリン』
のさびのメロディの振り付けのような動きをしたわけや。

わいは高校生やでなー、
中学時代に、ナリキヨくんやフルカワくんから知識をさずかったこともあるし、
その動きの意味するところぐらい、わかるがな。

ジョイがいま、ハナちゃんとしようとしていること。
それは、

「それをしたら、こいぬが産まれるかもしれないこと」

や。
それをしようとしてる!

ハナちゃんは、
ジョイが背後から仕掛けてくるアタックを、
さっと身をかわしてよけるんや。
ふむ。しかし、よけてはいるが、さほど、ひどく拒絶している様子ではないと見える。
そして、ジョイがまたトライするわけや―。

この攻防を窓からこっそり見ていて、
なんかワイ、
スリルとサスペンスというのか、
ドキドキしてきてやな、
固唾をのんで、ことの成り行きを見守っておったんや。

そしたら、何度目かのジョイの
『1986年のマリリン』
アタックのあと、や。

ばっと、ハナちゃんの背後に
飛びついたジョイの動きが、
突然、明らかにギアが変わったというか、
急に3倍速の動きになったというか、
それまでの
「ふぁさ、ふぁさ、ふぁさ、ふぁさ」
という動きが
「カクカクカクカクカクカクカクカク」
という動きになったんや。

熟語をあてるとすれば、まさに、
「必死」
という動きになった。

ワイがこどものころ市民プールでおぼれかけたことがあったけど、
その時にプールの水をゴボゴボ飲みながら必死でもがいたあの瞬間、
まさにそんな感じの「必死」の動きになった。

工事現場でアスファルトに穴をあけようと
おじさんがでっかいドリルでダダダダダダってやっている、
ちょうどあんな感じの動きに、ジョイの動きが突然なったんや。

そして、その突発的な動きは、2秒で止まった。

はアアアア…

と、空気がぷしゅうううと抜けるように、
その動きは約2秒で収まったんや。

ワイはその様子を見て悟った。

「それをしたら、こいぬが産まれるかもしれないこと」
が、完遂されたのだ、と。

ジョイは、たったいま、だいすきな、ハナちゃんと、
「それをしたら、こいぬが産まれるかもしれないこと」
をやり遂げたんや。

そう思うと、ワイは、えもいわれぬ感動に包まれてしまった。
このワイの愛犬・ワイの息子・ワイの親友・ジョイの慶事やないか。
世界にピンクのバラの花びらが舞い踊っているような錯覚に陥った。。
ワイは弾かれたように玄関からジョイのいる庭へ走り出たんや。

もし、その時に玄関に、赤い傘と毬が置いてあったなら、
ワイは赤い傘の上で毬をくるくる回しながら
「おめでとうございまああす!!!!」
といいながらジョイのほうへ走って行ったであろう。

また、もしワイが忍者で、分身の術を使えたなら、
すぐに10人のワイに分身してジョイとハナちゃんのもとに駆けより、
「わっしょい、わっしょい」
っと2匹の犬を胴上げしたことであろう。

ワイはそんなふうな
祝福の気持ちに満ち溢れたテンションになってしまって

「おめでとおおおおおお!!!!」

と大声でいいながらジョイたちの前に走って行ったんや。

そしたらジョイも、ハナちゃんも、
突然ワイがけたたましく現れたもんで、
びっくりした様子やったー。

ハナちゃんは、そそくさと、その場を離れようという空気を出していた。
ところが、そうはいかなかったんや。
というのは、そのとき、
ジョイとハナちゃんの間で、あの状態が展開されていたからや。

「バン=チル状態」

が。

はっ!!
とワイはおどろいた。

「なんで、あなた方は、おしりをくっつけているのですか?」

ワイはまだ理解ができていなかったんや。

ジョイが鎖につながれているのだから、このままおしりをくっつけていては、
ハナちゃんは、移動ができないではないですか。
それで、ワイは2匹を引きはがそうとしたんやー。

「なんでおしりをくっつけてるんですか?まったく、もう!」

といいながら。

なかなか離れなくて、それでも離そうとして、
ついに、ジョイとハナちゃんは、
ワイの力によって、くっついていたおしりをはなしたんやけど、
その刹那。

ジョイが

ぎゃんっ!

と今まで聞いたことのない悲鳴を上げたんや。

そして同時にワイは見てしまったんや。

ジョイの「むらさき」をー。


オス犬は興奮したとき
(さかりがついての興奮だけやなくて、嬉しすぎたり、緊張したりでもなる場合がある)、
「赤いの」
をのぞかせることがあります。

オス犬とともに暮らしたことのある方々はお分かりのことと思うが、
みなさまは、それを、
ときには、直接的な言葉でいうこともあるでしょうが、
「赤いの」
という「色」で表現することも少なくないのではないでしょうか。
ワイも、それを「赤」と称しておった。

例文をつくれば、

「今日、ジョイが「赤」を出していた」

とか、

「お姉やんが文通相手にジョイの写真を送っていたが、すわったジョイが「赤」を出している写真であった」

とかいう風に使っていたんやな。

そのジョイの「赤」がですね、
「バン=チル状態」
から無理やり引きはがされたそのとき、

「あおむらさき」

となって、露出したんや。

ワイはその見たこともない色に、びっくりしてもーた。

そして、その時、きっと、「そんな音」はしていなかったと思うんやな。
だって、そのとき同時にジョイも「ぎゃんっ!」てないたんやし、
百万歩譲って、そんな音がわずかに発生していたとしても、
現実的・物理的に考えて、
音がそんなにはっきりと聞こえることはありえないはずなんや。

でも、後になって、その場面を思い出すたびに、
本当は聞こえていなかったはずのその音、

「ずぼお、にゅるりん」

っていう音が脳内に再生されるんや。

あまりのショックに、
そんなふうに記憶が上書きされているんやな。

それぐらい、
「うわっ!!!!!」
てなったんや。衝撃やった。

こんな、見たこともない青紫色になって、
そら、「ギャン!」って、生まれて初めての悲痛な声を上げるわな。
ごめんな、ジョイ。無理やり引きはがしたりして。
「あかん、ちぎれたっ!><」て思ったんかな?
ごめんな、知らんかったんや。


かくして、ジョイが身を挺して、ワイに、

「バン=チル状態」

とはいかなる状態であるか、
教えてくれたんや。
ジョイ、ありがとうな。

そのようなわけで、ここにワイは、
みなさんに
「バン=チル状態」
について、得た知見を解説をする義務があると思うのです。

「バン=チル状態」
に至るには、二つの発動条件があることが分かりました。

条件①
二匹のいぬが
「それをしたらこいぬが産まれるかもしれないこと」
を完遂する。

条件②
その直後に、びっくりすることが起きる。

※注意事項※
そのとき無理に引きはがそうとしないほうがよい。
もし無理に引きはがせば、
ぎゃんっ!
っとなって、
「むらさき」
があられるでしょう。

(つづく)


3 件のコメント

  • (๑˃̵ᴗ˂̵)ジョイ、良かったねー!

    ウチのワンちゃんも、お見合いでも結婚させてあげたかったな。時既に遅〜し。

    当時は何も知らんくて、目が点( ・∇・)!

    単に調子が悪いのかなぁ?と。あ、でも、もしかしたら不具合が生じてるかも!という事だけは読み取れたんですけれどもー。(๑˃̵ᴗ˂̵)

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