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二粒目『ミミ②』

さて、ミミをだっこして、うちを出てやな、
ミミはおとなしくだかれて運ばれとるわけや。
いま考えたら、そのときのミミ、どんな顔してたんやろな。

交差点の信号を渡って
いけだタバコ屋をとおりすぎたところで
ミミをおろしてひと休みしてたら
よう知らん小学生の男の子が声をかけてきた。
「おまえ、ねこかかえて、なんしよるんか?」
「ねこすてる」
「ねこすてるんか!」
なんかそいつ、えらいテンション上がってもーてやな。
「おお~、こいつがそのすてられるねこかー。おもろいイベントに遭遇してもうたやんけぇー」
みたいな感じで、じろじろミミを見てたわ。
「よし。おれが一緒にすてにいっちゃる」

なにが「よし」なんかわからんが
ワイはちょっと心強かったわー。
だって一人では駅まで行けないし
ミミは重いし、現実には無理ゲー感がすごくて
途方に暮れてたところあるからな。

幼稚園児からしてみたら
(ちょっとすまん、ワイ、小学生1年生やったかもしれん。
ちょっと記憶があいまいや)
小学3年、4年生ぐらいでも、ぜんぜんお兄さんやからなあ。
この年上のひとが助太刀してくれたら百人力や。
これでしっかりミミをすてられるわー。
って感じよなー。

「ええか、ここじゃあまだ、ネコは帰ってくるけえな。
ネコはかしこいけえ。
もっと遠くにいかんにゃいけんわ。」
そうやって、その人がリードしてくれたわけやけど
当時のワイにとっては頼りになる年上の人間ではあっても
いま考えたら、小学3年生ぐらいや、バリバリの子どもや。
しかもおそらくあんまりおりこうさんではない部類の子やねんな。

ワイが「えきまでいこう」って主張するのに
「えきまでいかんでもええ」っていうてやな
たぶん、ミミも重いし、途中で面倒臭くなったんちゃうかな。
今かんがえたら、ぜんっぜん、遠くないところ
広兼くんの家ぐらいのところで
電信柱の下にミミを置いてやな
「ここまできたら大丈夫や。
ええか、走って逃げるど。
ついてこられたらいけんけえ。
いちにのさん、で一緒に走るど!」
っていって、二人でミミを置いて、はしって帰ったわけや。

別れがけにその男の子は
「ふう。ひと仕事したわ。同士よ。おつかれ。」
みたいな満足げな感じを出して
さわやかにバイバイしたわな。

ワイは家に帰っておかあさんに胸を張って告げたね。
「ミミすててきた」
「どこに?」
「ひろかねくんのとこ」
「それぐらいじゃあ、すぐ帰って来るわあね」

案の定、ミミはすぐかえってきたわ。

ワイはミミを見てよろこんだなー。
「自分ですてといてなにいうてるねん」っていうかんじやけど
やっぱりミミがいるのはうれしいからなあ。

①ミミをすてるということが決まった。

②ワイがミミをすてた。

③これでミッション完了。

④ミミが戻ってきた。

⑤リセットされた!ミミ復活や!

みたいな感じで
ワイは「ミミをすてる騒動」はひと段落ついたと思ってた。
ミミが帰ってきた日常を受け入れてたんや。

ところがや。
ある日ワイはお母さんの自転車の後ろに乗っけられてでかけて
そしてお母さんと帰ってきて、うちに入ってみると
家の中にカツオ節が散乱しとる

そのころ小分けのパックなんかなかったから
大きな袋に入ったカツオ節やな。
それが見事に食い散らかされてたわけや。

どう見てもミミの犯行や。

ミミにも言い分はあったやろ。

「だってな、それ、戸棚にしまってあったんやないで。
机の上にあったんや。
そんなん、おれ、ねこやのに、わからへんやん。
あ、これ落ちてるわ。食うてもええやつやって、おもうやんか」

「だってな、ごっつはら減ってたんや。
いうたらわるいけど、いっつも味噌汁ご飯やで。
おれ、ねこやんか。きほん肉食やんか。キツイやんか」

「だってな、子どもたちはバッタとか食わせよるしやな。
たまにはおれだって、ええもんくいたいやんか」

しかし、どんな言い分があったとて、や。
ミミは執行猶予中の身やったからな―。

さすがにお父やん怒るわな―。
帰ってきたお父やん
怒りに脳みそが沸騰してもーて
フタが開いてもーてやな
えらいこっちゃや。
ものすごい剣幕や。
「今から捨てに行く!」
実刑判決が下ったわけやな―。

それからは一直線や。
ミミを車のトランクにほりこんで
ワイとお姉ちゃんは後部座席に乗りこんで
車は出発したわけや。
急転直下の「ドナドナ」や。

車は、けっこう走ったなー。
(車種はホンダのシビックや。色は深い緑色)
子ども心に、こんなとこまで連れてこられたら
ミミ、帰ってこれるわけないな
ってわかった。
佐波川の河川敷やったな。
車が道からはずれて、河原に下りて行って、止まった。
左手には川岸の草地が広がっていて
右手には岩肌の見える小山があったわ。

お父さんが車のトランクをあけて
ミミを取り出して
ポイ、と地面にほおり置いた。

ミミは何を思っていたんかな。
ひどくしかられて、知らんところに連れてこられたんやから
なんか察するものはあったんやないかな。

ミミはちょっと間、ワイらの顔色をうかがったあと
ワイらに背を向けて
向こうのほうへ
山のほうへ
ゆっくり歩いて行ったわな。

お父やんはすぐに運転席に戻った。
ワイとお姉ちゃんもすぐに車に乗った。
車がゆっくり動き出した。

ワイとお姉ちゃんは車の窓から身を乗り出して
「ミミ―、ミミ―!」
って呼んだ。

ミミはあっちへ歩いていきながら
ワイとお姉ちゃんが呼ぶ声に
ひょい、って、こっちを向いてくれたな。
何度か、こっちを振り返ってくれた。
あっちへ歩いていきながらな。

車は本格的に走り出して
「ミミ―、バイバーイ!」
ってさけびながら
ミミの姿がきえていった。

ワイは泣いたなー。

この世のなかに
ネコとわかれて、泣かない子どもがおるか?
いやおるかもしれんけどやな。
ミミと別れて、泣かないワイはおらんかった。
おねえちゃんもないてた。
おとうやんもないてたやろ、心では。
わかってるでワイは。

さて、それから
何度も、何度も
「ミミが帰ってきたー!」
っていう夢をみた。

その夢を見るたびに
「ミミが帰ってきたー!
今度こそ、夢じゃない、
ミミが帰ってきたよー!」

と、よろこんでいるうちに、目が覚める。

ほんで
「ミミが帰ってくる夢を見たよ」
って、お姉ちゃんに言うねんなー。

なんか、しあわせな感じなんやなー。
ミミが帰ってきた。
ミミとまた会えた。
ミミをまただっこした。
夢やったけど。

ミミ、会いたいなあ。

つづく

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