「木下のじいさんが倒れた。」
血を吐いて倒れた。入院してる、というので、病院にお見舞いに行った。
病室の前に名札がかけてあって
「木下八喜十」
とかかれていた。
病室に入ると
「おーおまえかー」
とベッドに横たわったまま、木下さんは言った。
「なんできたんやー」
見舞いが趣味なんで。
「趣味ならしゃーないなー」
木下さんの名前、なんてよむんですか、
ときいたら、
「やきじゅうやー」
といったので、
やきにくじゅうじゅうみたいななまえですね、
といったけど、きこえなかったのか、無視された。
「あのなあ、わし、小学生の時まで、
自分の名前を知らんかったんやー。
みんなが、やすう、とか、やっちゃん、とかよぶもんでな。
小学校に入ってな、学校の先生が、
おい、やすう、おまえのなまえはなんていうんや。
っていうんやな。
え?って思うてな。やすうですけど、いうたら、
ちがうちがう、ほんまのなまえがあるやろ、それなんていうんや。
っていうんやな。
えー。ほんまのなまえ?って思うてなー。
うちに帰っておやじに聞いて来い、いわれてなあ。
それでワシ、家に帰って、おやじに聞いたんや。
おやじ、おれにほんまのなまえがあるんか?学校のセンセがいうとったで。
ほんまの名前ってなんやねん。やすう、やんなあ?
そしたらおやじがな、
やすう、おまえのほんまのなまえはな、
やきじゅうっていうんや。
そこで、はじめて、わしは自分の名前を知ったんや。
はあ、そうかあ。おれの名前は、やきじゅうかあ。」
セミの鳴き声のする病室で
そんな話をしたのが
いまもわすれられないんやなー。
2 件のコメント
小学生まで自分の名前知らないおじいちゃんかわいい!
やきにくじゅうじゅう無視されたの死ぬ笑笑通り越して生きる笑笑
やきじゅうさんね、喜ばしいお名前だこと。
八つの喜びが十回訪れるのかな?