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百二十粒目『未来は流れてくる』

たとえばワイがですね、将来、ネコを飼うとするやんか?

そしたら、そのねこと一緒に暮らす未来っていうのは、今は、まだ、現実ではないわけやんか?

でも、いずれその未来が、現在になって、実現するわけやんか?

ま、今の時点では、不確定なんですけど。

そのねこといる未来が実現するとしたら、現在の形としてくるわけやんか。

そしたらそのような「ネコと暮らす現実」をやね、
現在、過去、未来、の時間の軸でかんがえてみるやんか。

そしたら、いま未来のどこかに、その、ワイとともに過ごすねこがいるわけやんか?

そのねこの未来=まだ来ていない現在が、遠くの未来から、徐々に、徐々に、ワイに近づいてきているってわけやんか?

これって、
時間というものが、
川のように流れているものだとしたら
ワイに向かって、
未来から、現在に向けて、
流れてきてるよね?

で、現在から、過去に向かって、時間は流れていってるよね?

時間は、未来 ⇒ 現在 ⇒ 過去 の向きに流れている

そう考えた方がしっくりくるようになってきたわ、なんか。さいきん。

そしてやね、現在のワタクシたちは、未来を、
みくるじゃなくてみらいね。
ようするに、川の上流やね、
川の上流を、目を凝らしてみると、
なんとなーく、おぼろげに見えてたりしてやね、
なにが流れてきそうか、見えたりして。
まったく見えんこともあるけど。
その流れてくる未来を見渡しながらやね、
望ましい未来がやって来るように、
例えば大きなモモが流れてきてほしい、と思えば、
その、なんか小細工してやね、

「おおきなモモよ、こっちに流れてこい!実現しろ!」

って、おおきなモモがこちらに流れてくるように、
なんか、いろいろしかけて、がんばるんやで。

大きなモモが流れてこない未来もあるんやけど
モモが流れてくる未来を実現させようと、
未来に向けて、あれこれ手をつくせるのよね。

もし、
時間が、過去 ⇒ 現在 ⇒ 未来へ流れているっていうイメージだったら
未来のことは、まったく分からんってことやんか。
先のことはわからない。
見えてないし、これから新しく表れてくることやから。

でも、ワイら、現在に生きてて、
未来のこと、なんとなく、見えるような感じがないでもないし、
なんか未来に向けて、行動することもできるやんか。

そしたらやっぱり、時間というものは、未来から現在へ流れてきているイメージで、
未来っていうのは、現在の時点で、すでに、あるんやで。

未来は、すでにあるものなんだけど、
現在のワイらの行動いかんによって、
変えることができる。
すでに幾通りものパターンの未来があって、
その中から、ワイらの現在での生き方によって、
どれか一つの未来を手繰り寄せているんやで。

そんなふうにイメージしてみたら、
未来に向けて、なんかできそうな気がする。

未来をしっかりイメージ、思い描くことができれば、
手繰り寄せるためには何をすればよいかアイデアが出る。
その努力は無駄ではないような気がするよねー。

それが夢を実現させるっていうことなのかね。





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