10年過ぎれば山河も変わる
23年たちまして
私の暮らしていたコシウォンはあとかたもなくなくなっていた。
大邱南区大明9洞
春田考試院
検索しても、かすりもしません。
なにひとつ、情報のかけらも出ません。
大邱との縁が23年ぶりにもどりましたので
かつて暮らした大明洞の「春田考試院」に
すでに廃業しているとは聞いていましたが
その跡地、周辺の空気をたしかめたくて
大邱地下鉄1号線にのり
なつかしのアンジラン駅に降り立ちました。

なんとなく覚えていますが
どちらに行ったら春田考試院だったか
えらいもんで、わからない。
記憶から抜け落ちています。
前方に見える山がアプサンで
私の聖地・南部図書館には目をつぶっても行くことができます。

しかし、あれだけ毎日、アンジラン駅から歩いて帰っていたはずの、
コシウォンの場所がさっぱりわかりません。
10年たてば山河も変わり、記憶も消えるとは。
この公園は見覚えがあります。
この公園を見るとなぜか
当時活躍していたプロ野球選手
国民打者、イ・スンヨプ選手が思い出されます。

そう、このへんが、コプチャン通りや。

味付けモツを炭火で焼いて食べるようなお店が密集している路地で
屋台村みたいな、雑多な感じの裏路地の名所でした。
コシウォンのトモダチにつれられて
なんどかコプチャンをたべて焼酎をのんだ記憶があります。
コプチャン通りを上って、左折すれば
コシウォンのあった場所だったはず。
と思ったら。。。。

こんなでっかい通りはなかった!
あの、昭和の、猥雑なコプチャン通りはどこへ行ったんや???
きれいな大きな通りになっていて、
道の幅が10倍ぐらいになっとるやんけ!
両側にずらーっとコプチャンのお店が大集合。
コプチャン裏通りは、今はコプチャン大通りとして生まれ変わっていました。
こんなにモツくわせる店が同じ場所にあつまっていて大丈夫なんでしょうか。。。
しかし、その勢い、発想、実行力はみあげたものです。
仮にうまくいかなかったとしても
「コプチャン大通りを作ってみた」
という武勇伝とその心意気はながく語り継がれることでしょう。
コシウォンの場所を探している途中でしたが
こんなものを見せられては
見物・散策するよりありません。
そうして通りの端まで歩いて
それから、あちこちさ迷い歩きましたが
けっきょく、道の様子がすっかり変わっていることもあり
どこが春田考試院の場所だったのか
突き止めることができませんでした。
コシウォンの近くには小さな個人商店があって
たまに袋ラーメンを買ったりしていましたが
もう、そんなボロボロのお店はどこにもなくて
目につくのはコンビニでした。
おしゃれなカフェがあったり
絶対なかったと思う立派な車道が通っていたり
20年たてばほんとうに山河も変わる勢いでかわるものです。
ワイのまち、大邱南区大明9洞は
記憶のなかにだけ存在する町となりました。





