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百十八粒目『やる気回復せんせい』

「さいきん、やる気が出ないのですよ。どうしたらいいですか」

とワイが言ったら

「やる気回復せんせいのところに行ってごらんよ」

と友人が言った。

だから、ワイは日曜日になって
「やる気回復せんせい」
の道場に訪れた。

「やる気回復せんせい」は、柔道着のような白い服を着ていた。
背の低い、白髪のおじいさんで、
口の周りからあごにかけて白いひげ。
ひたいから頭頂がハゲていて、すこしやせていた。
しかし、眼光鋭く、えもいわれぬ覇気を感じた。

道場の真ん中のたたみの上で向かい合って座ると、
「やる気回復せんせい」は、にっこりと微笑んでワイの目を見た。

「ワシは、やる気回復せんせいや。
ワシは、おまえじゃ。
おまえは、ワシじゃ。
わかるな?」

「はあ。」

「火事だあ!!」

と地面から響いてくるような大声で
とつぜん、やる気回復せんせいが叫んだ。

ワイはびっくりした。

「火事だ!家が火事だ。どうする?
あんた、やる気がないって、言ってられるか?」

ワイがびっくりしてかたまっていると、

「くまがおそってきたぞー!」

といって、やる気回復せんせいは、
ワイにとびかかってきた。

そして、なんかワイは背後から首を絞められてしまった。

「もがけ!死にたくないじゃろう!?」

ワイは必死にもがいた。

くるじいいいい。
はなしてええええ。

と思ったらやる気回復せんせいは技を解いてくれて
はあはあ言ってるワイに向かって

「どうや。やる気が出たか?
今この瞬間、あんたは、一生懸命生きただろう。」

わいはびっくりしてえ。
ただただ、びっくりしててえー。

「生きていることは、まさに今火事なんじゃ。
まさに今、クマに襲われているのじゃ。
そのことをわすれるな。
この世に生きていることの通奏低音として
いつも火事なんじゃ。
いつだって緊急事態や。
生きていることはたいへんなことや。
のほほんとただ流れているように見えるこの時間のうらで
ほんまはものすごいたいへんなことなんや
それを感じて生きろー」

そこでまたいきなりパーン!とやる気回復せんせいは
目にもとまらぬはやさで、ワイのあごのへんを、平手でひっぱたいた。

「やる気なんていつでもだせる。
おまえはいずれ死ぬんやー。
わしもしぬんやー。
それを思い出したら一生懸命になるやろー。
いつだって人生は爆発や―。
だから、しずかな時間がありがたいんやー。
たまに休む時間がすばらしいのやー。
世の中がきれいにみえるんやー。
やる気がないなんていうのは、おまえがあほやからやー。
さ、にわとりを見に行こうぜ。」

といって、なんか、ワイは庭のほうに連れていかれた。
そしたらそこはものすごい広い草原になっていて、
大きな鶏小屋があって、鶏たちが30羽ぐらい、
平飼いされておって、平和そうに草をついばんでおった。

「どうや、とり小屋なのに、くさくないやろー。
発酵させたエサを食わせとるからな、
そしたらフンのにおいなんてこんなに抑えられるんやー。
人間も同じなんやでー。
菌の力は偉大やでー。
腸内細菌は健康の源や―」

とうんちくを語ってくれて、
ワイはただただ聞き入っておるばかりであった。

「どや、鶏たちは、こうやって、今目の前のことに集中して生きてるんやー。
朝から晩までなんか食うとるわー。
やる気ない奴なんかおらんやろー。」

しかし、ワイが見るに、群れを離れて、立ち尽くしている鶏が一羽いた。

「あの子は、やる気がないように見えますね」

とワイは言った。
やる気回復せんせいは、

「アイツはもうとしやからなー。
かなり体調悪いみたいやなー。
ま、二、三日以内には命が尽きるやろー。」

といった。

そしたら突然、二、三羽の元気なニワトリがやってきて、
その立ち尽くしている老ニワトリを、
猛然とくちばしでつつき始めた。
老ニワトリの毛が抜けて舞い散るぐらい激しくつついた。

「わー、せんせい、あれは何しているんですか。
攻撃してますよ、いじめではないですか!」

「ふむ。よくあることやー。元気のないニワトリがおったら、
つつきまわす元気な鶏がおるんやー。
ちょっと隔離してやらんといかんな―。」

やる気回復せんせいは、老ニワトリを抱えあげると、

「おまえもあと少しの命やー。群れから離れて、ゆっくり過ごせー。」

とやさしく語りかけた。

「これ、そのままにしてたら、どうなるんですか」

「んーーーー。」

やる気回復せんせいは、空を見上げた。
それで、ワイもつられて空を見た。

秋晴れの空で、空高くに一面にイワシ雲がちらばっておった。

「これなー、にわとりのいじめとかな、にわとりでもよわいやつはいじめるんじゃ、とかなー、
群れの生存のために弱い個体は排除するとかやなー、いろいろいわれるんじゃが。
つついているうちに、血が出たら、血を見て興奮して、よってたかって、つつき殺してしまうこともあるらしいんじゃがのー。
ワシにはなー、ちがってみえるんやー。
弱っているやつがいたら、どうせ死んでしまうやろ?
べつに、つつかんでも、しんでしまうんや。
そしたらな、つつているのはな、もちろん、いじめとるのかもしれんが、ワシには、
がんばれがんばれ!なにぼーっとしてるねん!おまえまだ生きてるやろ!しっかりせえ!
そう言ってつついているようにも見えるんやー。」

それから、やる気回復せんせいは、老ニワトリを小さな鶏小屋に移すと、
大きな鶏小屋に入って行って、おそらく生みたてなのだろう、たまごを5,6個もってきた。

「これもってかえりー。これたまごな、毎日産むからな、全部孵化して育てるなんてでけへんやんか。
だから、ニワトリさんから卵を奪っているのと違うで。これはかんぜんに、もらっているんやで。だから安心していただいときー。」

とやる気回復せんせいはいった。

それでワイはたまごをいただいて帰ったわー。

帰りがけに、やる気回復せんせいは、

「あのな、やる気がないもなにも、そもそも、やる気なんてないんやで。
あんたは今生きとる。それをわすれているだけや。
ワシはあんたじゃ。あんたはワシじゃ。
ほな、生きている限り、お元気で。」

ほんでワイは帰ってきたわー。
なんかようわからんかったわー。

1件のコメント

  • 家が汚すぎてアレルギー反応が最近ヤバい人
    返信

    え!?
    この夢みたいな話は実話!?
    ノンフィクション!?
    これがにわとりやさんの店主!?

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