韓国人のダニエルさんが大阪に会社をこしらえて
心斎橋の雑居ビルにはじめて小さな事務所をかまえたときに
ワイは初めてダニエルさんに会うたんや。
もう20年近く前のことになるかな。
ほんでワイはダニエルさんの事務所で働くことになったんや。
ダニエルさんは大阪と韓国を行ったり来たりしていて、
ダニエルさんがおらん期間はワイが一人でダニエル事務所を守った。
それからどんどんダニエルさんのネットショップの売り上げが上がって
一年ぐらいたったころかな、もう少し大きな部屋へひっこすことになったんや。
そこでひっこすときにほら、
不動産屋が来て、部屋にキズがないか、点検するやんか。
そこに、ワイとダニエルさんとで立ち会ったんや。
そしたら案の定、不動産屋さんが言うやんか。
「ここの壁の傷は最初にはありませんでしたよね」
それはもちろん、はっきりとは覚えていないことだけど
狭い事務所で、ちょうどイスの後ろで、壁に当たる場所やったから
イスが何度もぶつかって、傷がついてしまったと考えるのが自然ではあったんや。
そしたらダニエルさんが
「いや!この傷は最初からありましたねっ!!」
っていうたんや。
うわ!この人、無理筋の抵抗はじめたで!
こんなとこで不毛な言い合いして、めんどくせー。
って、ワイは苦々しく思ったんや。
でも、ダニエルさんはワイを見て、
「ね、わたなべさん!」
ていういたんや。
しかし、そんなこと、覚えていないやんか。
もともと傷がついてたという証拠の写真があるわけでなし。
状況から言うて、ワイらがこの部屋を使う間についた傷とみるのが妥当なところやし。
たいていの不動産屋さんなんて、「ここが勝負どき」と、立ち退きする際には、ひとつふたつは難癖つけてくるもんやし。
「はい!そうです!最初からキズありましたよ!オレ覚えてます!」
っていうのは、ウソやんか。
自分たちの損得のために、ウソをつくのは、ワイの美学に反していたから
「いやー、どうですかねえ。使っている間についた傷かもしれないです。記憶にないです。」
って、正直に言うたんや。
そんならダニエルさんがあわわわってなって
「最初からあったよ!あったんじゃない?」
でも、不動産屋さんがきっぱりと
「いや、入居前に、たしかにチェックしていますんで。」
と言って、壁のキズは修繕費に、一万円ぐらいかな、計上されちゃったんやな。
あわあわしてるダニエルさんに、
「まあまあ、ダニエル社長、こういうもんですよ。私も引っ越しをたくさんしましたが、必ずこうやって、何かしらで敷金から引かれるものなんですよ」
ってワイはやさしく諭したんや。
それから、不動産屋さんのチェックは終わって、ワイらは新しい事務所に戻ったんや。
ダニエルさんはずーっと黙りこくっていたんやな。
そして、新しい事務所で、ワイが温かいお茶を入れてあげたら、
「わたなべし!」
と言って、韓国語でまくしたててきたんや。
「なんであそこでわたしをかばってくれなかったんだ。」
「いや、そういうものなんですよ、日本の不動産屋さんって。必ず何個か傷をみつけてきよるんですわ。こちらに証拠の写真があるわけでもなし、キズがあったかなかったか、言い争っても無駄でしょう。それにイスの後ろの壁だし、私たちが使ううちについた傷なんだと思いますよ。あきらめましょう。」
そしたらダニエルさんは、語気を荒げてこう言ったんや。
「そういうことを言ってるんじゃないんだー。
わたなべしは、あの場面で、ぼくの味方をしてくれないといけないんじゃないのかー?
かべに傷がさいしょからあったかなかったか、それは重要なことじゃないんだー。
あそこで、ぼくが、傷が最初からあったと主張しているのだから
ぼくのいうことの味方をしてくれるのが筋だろ?
なんで不動産屋さんのいうことに賛成するんだー。
ぼくだけなんかおかしなこと言ってるみたいになってたじゃんか。
ぼくはかなしかった。」
それを聞いて、ワイ、
ああ、このひと傷ついたんやな。
ってはじめてわかったんや。
それはそうやな。
たしかに、さっきのワイのたいど。
ダニエルさんの気持ちは考えていなかった。
もちろんダニエルさんの日ごろの行いに思うことはあったのかもしれない。
だからといって、ダニエルさんはなかまである。
しかも韓国からきていて、大阪ではワイ以外になかまがおらん状況や。
これはワイがわるかった。
「自分たちの損得勘定で、ウソをついてはいけない」
ということよりも
「なかまの気持ちをかんがえていない」
ことのほうが、ワイの美学に照らしても、よっぽどしてはいけないことやった。
それで、ワイは、ダニエルさんにあやまったで。
ちゃんと、心の底から、あやまった。
それから、ささ、いっしょにご飯行きましょっていって、ごはん食べに行ったんやったな。
どんな状況にあっても、なかまのみかたをすること。
あの気づきをワイはちゃんと生かせておるじゃろか。
それができたらワイもルフィや。

2 件のコメント
うえーーー!
いやだーーー!
そんな場面に遭遇したくない!!
なんて言うのが正解なんや!?
わい、わかりませんー!言うて逃げ出してまうて!
むかし、一人暮らしをしていた旦那さんの住まいを家主さんに開け渡すシーンが蘇ってきた。何処を見ても本、本、本。ホコリ、ホコリ、ホコリ。小さな玄関タイルは汚れ過ぎていて目地が見えない。トイレユニットバスもカビだらけ〜。人ひとりがかろうじて生活出来るかな?って言うスペース。私の地元に嫁ぐ日が近づいて来て、私の家族総出で片付けに行きました。ゴミの山でした。壁だけでなく、天井まで掃除機かけました。勿論床も。ガスコンロは使わなさ過ぎて錆た上に書類の山。めげそうになりながらも黙々と作業が進み見違えるほどに!最後に家主さんに見てもらって返ってきた言葉が、綺麗に使ってくれていたんですね〜!と。もう、家族みんなで大笑い🤣旦那さんの顔睨みつけたった!私でした。でも現在、私も掃除下手なんで言えないんですが。