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二十七粒目『ジョイのこと⑮了』

ジョイのむくろを庭にのこして
ワイは玄関から家に入って
食卓のある部屋の戸を開けた。
父と母がテレビを見てくつろいでいた。

「ジョイが死んだ。」

と宣言したら、母も父も、
とくに母のほうが、

「ええええ??!!!」

とおどろいた。

おどろくことないやんかー。
ジョイはいつ死んでもおかしくなかったやん。
ほんとうはもう死んでたんやでー。
おどろくことじゃないのに。

それから父とワイで、
懐中電灯をもって庭に出て、
横たわっているジョイのそばに行った。

「うちの敷地内に埋めてやろう」

となって、さっきまで生きて動いていたジョイは、
一時間もたたないうちに、
土葬されることがきまってしまった。

父とワイはシャベルをもってきて、
庭にある小さな畑の奥の方の草地の一角を、
ジョイのお墓の場所と見定めた。

闇夜に、懐中電灯の光を頼りに、
ふたりで一生懸命、地面を掘った。
ジョイのお墓を、深く、深く、掘った。

「こんな夜中に、懐中電灯をつけて、
一生懸命、穴を掘っているところを見られたら、
警察に通報されるかもしれんのう」

といって、ちょっとだけ笑った。

そしてジョイを埋葬した。
その上に、細長い板を立て、墓標にした。
のちに、その板には父が墨と筆で
「ジョイの墓」
と立派な字を書いた。

埋葬を終えて家に戻ると、テレビのコマーシャルが流れていて、
光GENJIというアイドルグループが、

♪ぼくのポテトはちんちんちん
♪ちんちん、ポテト、マイクロマジック―

とうたっていた。
ジョイが死んだのにふざけやがって、このちり...
と思ったので、今もこうして覚えている。

ひと晩ねむって朝が来た。
学生服に着替えたワイは
ジョイの墓標の前にしゃがみこみ
手を合わせてから学校に向かった。

9月29日。
ジョイの命日やー。

自転車に乗って、ペダルをこぎながら、
寝ぐせのついた前髪が気になって、
なんでジョイが死んだのにワイは髪型なんか気にしているんや。

学校に向かう道、並木、町の様子は、何も変わらない。
ジョイが死んだのに、世の中は変わりなく動いていた。
ジョイがいなくなったのに、なんで、何も変わっていないんや?
みんな平気な顔しているなー。
ジョイがいないのに。

お姉はその年から就職していて家を出ていたんやけど、
朝、母がお姉に電話してジョイの死を伝えると、
おねえは電話口で泣いたそうや。
ジョイはみんなに愛されとったんやな。

日がたつにつれて、ジョイがいない生活になじんでゆく。
ジョイのいない空白が少しずつ埋められていく。
空白が埋まるまでの間、
ワイは何かあればジョイのお墓の前で手を合わせて、
ジョイにあれこれ報告していた。

それから1年がたち、大学受験があり、失敗して、
ワイは1年浪人した。
そして翌年の大学受験の合否通知の封書が来て、
ワイはジョイのお墓の前で開封した。
合格者の受験番号一覧の紙に、ワイの番号を見つけた瞬間、
ワイはジョイの墓標めがけて、頭から飛び込んで抱きついたんや。
あの時、ワイはジョイに約束したっけな。
大阪に行って、大学に行って、ワイは大きく学ぶんやって。
強い人間になって、大きな人間になって、戦争のない世界、世界中の人々が幸せに暮らせるように、
できる限りのことをする、そんな人間になるんやって。
ジョイは「ふーん。どうでもええわー」って思ってたかもしれんな。
だから、ワイが故郷を離れて、大阪に発ったとき、ジョイも一緒に行ったんや、心の中では。
夏休み、冬休み、帰ってくると、必ず一番最初にジョイのお墓に手を合わせた。
9月29日、ジョイの命日になれば、どこにいても手を合わせた。
何年も何年も、9月29日のジョイの命日は忘れなかった。

その特別な日を、いつしか、忘れた。
ジョイのことを思い出すことも少なくなって、
実家に帰っても、ジョイのお墓で手を合わせることもなくなってしまった。
そして今、ジョイの墓標はもう、あの場所にない。


ジョイといけだタバコ屋のハナちゃんが、
「それをすれば、こいぬが産まれるかもしれないこと」
を完遂した話は前にした。

「それジョイのプライバシーやで」
「他人に話して、デリカシーないですね」

 って思われたかもしれないし、また、

「なんでおまえが犬の交尾でテンション爆あがりしてるねん」

 って思われたかもしれない。

さいごにその伏線を回収しておきますと、
あの出来事があってから、ジョイが亡くなるまで、2か月もなかったんや。

ジョイがなくなって、しばらくしてから、
いけだタバコ屋の前を通りかかったとき、
ハナちゃんと、4,5匹のこいぬたちが一緒にいるのをワイは見た。
そのこいぬたちの中に、ジョイにそっくりな毛色のこいぬもいた。

「あ、ジョイの子どもや」

「ジョイ、よかったなあ」

って思った。

ワイは、
「そのこげ茶色のこいぬ、ワイに譲ってくれませんか」
とは言わなかったし、言おうとした記憶もない。

ただ、「ジョイは死んでも死んでないんや」って思えた。
それで安心したし、じゅうぶんやった。
これから先、ジョイはまたワイの前に現れるだろうし、
きっとまた会える。
ジョイは死んでも死んでいなくて、
そしてそれは、ワイも、みんなも、同じで、
新しく生まれてくる命がある限り、死んでも死なないんちゃうかー。
いつかどこかで、また会えるんやろ。きっと。
ジョイがまたワイの前に犬として現れるのかはわからないけれど、
その時は、ちゃんと気づいてあげないとなーって、思う。
いま〇〇の取引先のじじいが、1年間もワイに未払い金があるのに、自分の受け取る手数料をあげてくれといってきていて悩ましいけれど、もしかしたらあのじじいが時空を超えてジョイの生まれ変わりである可能性もないこともないな、と思えば、やさしくしてあげよう、と思えるから、これもジョイの功徳であろうか。

ジョイ、
久しぶりにジョイのことを思い出して、書いて、
ジョイ、また会えたなあ。
書きながら、たくさん、涙と鼻水が出たわー。
でも、しあわせな感じやった。
ジョイ、ありがと。大丈夫や。
いつだって、大丈夫や。
なにがあっても。
いつも一緒におるで。


(おわり)

2 件のコメント

  • ジョイが死んだのにふざけやがって、このちり...
    と思ったので、今もこうして覚えている。

    ここの一文好きすぎる。

    ワイさんがどれだけジョイを愛しているかに触れることができてとても良かった。

    これを見て野暮なことを突っ込む人はいないと思う。

    韓国のじじいがジョイだったら私は泣くかもしれない。

  • タバコ屋のハナちゃんの産んだこげ茶色の子犬🐶、触ってみたかったな。でも、一度触れたらもう離せなくなるな。そんな心の余裕は無いけど、それでも、、って気になって仕方ない。忘れ形見やから。

    思い出しながら綴るんは辛かった思う。でも、最高の供養やと思う。ジョイ、もう起きて来たんか?韓国のジジイやったら、まあそういうえにしもあるんかもなぁ。未払い金は早よ返しや〜。

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