ケンチャナヨ、ケンチャナヨ。
それ、どういう意味や?
いうたら
「だいじょうぶ!」
っていうことやでえっ!
ていうんやけど
「へえ、そうなんやなー」
って安心してたら
「おまえらしっとるけ!?」
いうてやね
「ケンチャナっていうのはな、
もともとは
괜히 하지 않다
からきてるんやで!」
っていわれてやな
ワイらみたいな
ニセモノの韓国語学習者は
「ええええ!?しらんかったわ!!!!」
ってなりますねんっ
괜히 하지 않다
↓
괜찮다
ってうねん。
ようするに、
「ケンチャナヨ」は
「よけいなことしてまへん~
ちょうどええあんばいやで~
いらんことせんとこな~
むだにがんばることあれへんで~
それ、わざわざやらんでええことやで~
むりせんでええで~
それぐらいがちょうどええで~」
みたいな感じでの
そんなもんや
だいじょうぶや
が、もともとの意味やったっていうんやな!
しらんかったわ!!!!
でも、ほんまかいな!!!!
うん、おぼえとこ!
ほんでな、話はガラッと変わって、
「ヨルシミ(一生懸命)」
みたいな言葉は、
ロシアでは使わへん!!!
みたいなこともいうてはったわ!!!
じゃあなんていうねんっ!
「一生懸命はたらこう」とか
「一生懸命勉強しよう」とか
そう言いたいときだって人間にはあるんちゃいまっか?
っていうたらな、
うん、ロシアでも、そういう意味の言葉はあるんやけど
そないに使わへんし、
ニュアンスがちうがう、いうんや。
韓国語の
「ヨルシミ」は
「熱心」
が語源やさかいに
心を燃やして
ウリャー!!!!
いうて、がんばる感じなんやけど
ロシアでの「いっしょうけんめい」は
語源からいえば
「見守って育てるように」
「発展させるように」
「願いをかなえてあげるように」
つまり
「一生懸命、はたらきましょう」
とはいわないで、
「願いを叶えてあげるようにしてはたらきましょう」
みたいなニュアンスになっとるって、いうてたで!
しらんけどー。
それはなんでか?いうたらな、
極寒の地域にくらしていたら、
基本的に、
今日もよう生きた、
今日も健康でよう生きられた、
外出して無事に帰ってきてちょっとはよくなった
わいはようやっとる
ふつうにしててもがんばっとる
みたいな感覚があるからちゃうか―
って、いうてたわ!
そういわれたら
「え?一生懸命っていう言葉がない国が成り立っとるんか」
って考えたら
「一生懸命」
なんて、いらんかったんや!
って、ワイみたいな単細胞生物は思ってしまうよね!
しかしそうかもしれん
ようやった、
ようやっとる、
えらい、
そのハードルをもっと低くするっていうのも
だいじなことかもしれん!
自分に対しても
他人に対しても
「浜田はきょう朝おきてひとりで会社にきた」
えらい!ようやった!
と褒められる感じもたいせつなことかもしれん。
もえあがるこころ。
ゆるやかにつつむこころ。
りょうほういるんとちゃうか?
アクセルとブレーキ
理系と文系
陽と陰
交感神経と副交感神経
科学技術と愛
車の両輪
みたいなことやな!
どっちもたいせつや!
しらんけど!





