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百六十七粒目『つるちゃんと標準語』

高校の同級生につるちゃんていう子がおったんじゃ。
べつになまえに「つる」がついているわけではなくて
なんでつるちゃんといわれてたのかわからんのやが。
あんまり目立たんひとですらりとした子やったんやけど
走るのがめっぽう早くて
帰宅部なんやけど、陸上部の子らより早くて
クラスマッチとか体育祭とか
リレーがあったらかならずアンカーではしって
4人も5人も抜かしてさっそうと走るんや。
「なんちゅうはやさや」
積んでるエンジンがちがうわー、やら、ロバの競走にいっぴきチーターが混じったみたいじゃ、とか、みんなその尋常じゃないはやさにあっけにとられて笑ってしまうほどやったんやけど
それを本人はあたりまえのこととしてとらえていて
「あたしが二三人ぐらい抜かしてあげるっちゃー」
ってさらっという姿はなんとも形容しがたいかっこよさではあった。
さてそのつるちゃんが山口弁丸出しのひとで
われら同じヤマグチケン人ではあるが
そのド純度の高い山口弁にはハッとさせられることもしばしばであった。
われら郷土愛意識のうすい山口人は
日頃は山口べんでしゃべっているとしても
だいたい授業中に発表するような状況下では標準語になるものだが
つるちゃんは一切かまわずやまぐちべんでしゃべるのだった。
「なんかー、そうなんじゃろうって、おかあさんがいいよったけえ。」
みたいな感じで、授業の発表の時であろうがどんな場面であろうが
山口弁しか知らないカラスみたいに山口弁だけでしゃべるのだった。
さてそうしてつるちゃんは大学生になって山口県を離れて東京の大学に行ったのだが
風のうわさでは東京でも堂々と山口弁をしゃべっているということだった。
たまたま東京で出会ったやまぐちの同級生が
「つるちゃんはやまぐちべんがぬけないんだねー。標準語にならないんだね。つるちゃんらしいねえ。」というと
つるちゃんはきょとんとして

「いや、あんたとおうちょるからいま山口べんでしゃべりよるんじゃろふつうに。
そりゃあこっちにきてよ、山口のことばが通じんかったらいけんけえいね、
こっちにあわせてなるべく東京のことばでしゃべろうとはしよるんよ。
でもやっぱり身についちょることばじゃけえ抜けるもんじゃないわあね。
しゃべりやすいし、おもっちょることをそのままゆえるけえ、まあえっかー、ちゅうときは山口べんでしゃべるようになるんよね。
このしゃべり方をすきじゃってゆうてくれる東京の人もおるけえね。
なんか思うんじゃけど、標準語っちゅうのはどういういみなんじゃろ。
そりゃあ東京の人じゃったら、東京のことばが標準じゃろうけどいね。
じゃけど、それだって、ゆうたら東京の方言じゃろ。東京弁じゃあね。
うちらは山口で生まれ育ったんじゃけえ。
だっておかあさんのしゃべりよったことばよ。それをまねしておぼえてしゃべるようになったんじゃからいねー。
この山口のことばがうちらにとっては標準語じゃあね。
あいてに通じんかったらいけんとは思うけど、はずかしいけえしゃべらんとはならんよ。
おかあさんとも おとうさんとも おばあちゃんとも いもうととも ともだちもとも このことばでしゃべって生きてきたんじゃけえ。
いいたいことをそのままいえるのは、このしゃべりかたじゃけえねえ。
ほんで、あんた―うちとしゃべりよるのになんで東京ことばでしゃべりよるん。
やまぐちべんでしゃべろーやあ。
せっかくうちとはなしよるのに、あんたの正体のことばでしゃべりーさんよ。
たぶん標準語っちゅう言い方がわりいんよねー。
あんたの標準語は山口弁じゃあね。そうじゃろ。そう思うっちゃ。
未来にむけて、なくしていかんにゃーいけんのんじゃないんかねえ、標準語っちゅうことばはねー。」

って、言いよったんてー。

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