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三十粒目『泣いたマルコメ③』

そうして、壊れたラケットをめぐって、

「べんしょうしなさい。あんたがわるい。」

と、なすきゅうは主張し、

マルコメは、

「正当防衛じゃ」
「形あるものいつか壊れる」

みたいなわけの分からぬ理屈を言い、

「じゃあ、あんたの家に行って弁償してもらう」

ということで、なすびときゅうりはマルコメの家に向かって歩き出し、
ワイとマルコメもその後ろをついていった。

「にゃんた、おれがわるいんじゃないよねえ。」

とマルコメが言うけれど、

「マルコメの味方かなすきゅうの味方かっていわれたら、マルコメの味方じゃけど、
どっちが悪かったかといえば、やっぱり二人が平和に遊んでいたところに、
マルコメが勝負しようぜとラケットを奪いに行ったんじゃし、
ふたりに暴力を受けたとはいえ、「実力さ!」とか言ってあおってたし、
実際にラケットを壊したのはマルコメじゃから、弁償せんにゃいけんじゃろう」

「どうしよう。おかあさんにおこられる。
 ねえ、おれがやったんじゃないって言ってくれん?」

とか急に弱気になってるから、

「じゃあ、まずはひたすら、なすびときゅうりにあやまったら?」

といったら、

「それだけはできねえ、プライドが許さねえ。おれもくちびるから血が出とる。一方的におれがわるいということはねえ。」

とゆずらない。

「にゃんた、たのむ。おれがこわしたんじゃないと、証言してくれんか?」

というから、

「マルコメ、ウソはいけんわ。謝りたくないんなら、そこはもう認めて、おれが壊した、弁償ぐらいしてやるって、堂々というしかないわ。」

「ああ。おかあさんにおこられる」

しきりにお母さんに怒られることを気にしているから、

「お母さんに怒られるのがいやなら、自分の貯金で弁償するっていうたらええ。マルコメにも言い分があるじゃろうけど、それは言わんと、おれがこわした。おれがべんしょうしたる。おれのちょきんで。と、どうどうとしとれ。そしたら、お母さんもわかってくれるじゃろう。唇が切れて血も出とる。何もしてないのにうちのマサルがひとのラケットを壊すじゃろうか?よっぽどのことがあったんじゃろうなって、マルコメのお母さんならやさしいから、きっと察してくれるはずや。いいわけせずに、自分で弁償するっていうて、立派じゃなって、わかってくれるじゃろ。」

みたいなことをいうて励ましたんやな。
ワイ、幼稚園のころから、本をよむのがすきやったから、昔ばなしの教訓、「正直じいさんは最後に勝つ」みたいな思想がガッツリ頭にインプットされていて、そういう「道徳的」な心得を話せる子やったんやなー。

ワイの言葉に、マルコメは、覚悟が決まったようやった。
ことばの力は偉大やで。
「正直に言えばお母さんはおこらないで察してくれる」
っていう部分に安心したんやろ。

そしてついに、こわれたラケットを持ったなすきゅうが、マルコメの家に到着した。

そしてマルコメの家の裏口から、割烹着を着たマルコメのお母さんが「なにごとですか」と出てきた。

「すみません、おたくのマルコメ、いや、まさるくんが、
わたしたちが広場で遊んでいたら、きゅうに邪魔してきて、
ラケットをうばおうとして、それでけんかになりました。
ちょっと唇から血を出させたことについてはあやまります。
けれどあっちが先に暴力をふるってきて、わたしもおなかを思いっきりなぐられました。
だから、おあいこですし、正当防衛と思います。
そして、マルコメくんはラケットをなげてこわしました。
きのう買ったばっかりのラケットです。
わたしたちはただ遊んでいただけなのに、きゅうに邪魔されて、ラケットを壊されて、もう意味が分かりません。」

「まさるがこれをやったんですか?」

そこでマルコメはびしっと言ったで。

「まちがいねえ。おれが壊したんちゃ。弁償ぐらいしちゃるいや。安いもんじゃ」

「わたしたち、弁償してほしくてきたんじゃないです。まさるくんをどうにかしてほしいんです。
この壊れたラケットは証拠として持ってきたんで。いつもなんです、わたしたちは何もしていないのに、なすびとかきゅうりとか悪口を言ってくるんです。きょうは遊んでいるのを邪魔されて、あげくに新しいラケットをなげて、壊して、もうほんとわけが分からないです。いいかげんにしてほしいです。おたくの息子さんに、今度から意地悪しないように、きつく注意してほしいんです。」

マルコメのお母さんは平謝りモードや。

「はあ、ほんとうにすみません。うちのまさるが。ごめんなさいね、よく言い聞かせますから。あ、こわれたラケットは置いて行ってください。同じものを探して、きっちり弁償させてもらいます。」

そうして、なすびときゅうりは帰って行って、マルコメのお母さんは、なすびときゅうりが立ち去るのを見送りながら、頭を下げていた。

マルコメがそのお母さんの後ろ姿に話しかけた。

「おかあさん、ぼくの貯金から弁償するけえ。でも、あいつらもわりいんよ。」

あ、マルコメ、一人称が「ぼく」になってるー
と、思う間もなく、マルコメ母のちゃんがくるっと向き直り、
すたたたた、とマルコメに駆け寄ると、

問答無用!

といわんばかりにバッシーっと思いっきりビンタや。
その勢いたるや、ワイはテレビのプロレス中継でしか見たことがなかった。

「ばかたれっ!あんたどういうつもりか!人さまのもの壊してっ!」

ビシバシともう2発、連続で張り手を食らわせると、
マルコメの首を抱えて、おもいっきり地面に投げ転がした。
マルコメは地面に、その地面は駐車場やったから、砂利とかいっぱいの、人が投げられることが前提になっていない砂地やったが、びたんっと投げ転がされてしまった。

目の前で突然繰り広げられた、ひとんちの教育、しつけ、その圧倒的な体罰の迫力に、ワイは、どん引きして、息をするのも忘れるぐらいやった。

「晩ごはんぬきじゃ!」

そう言い残して、マルコメのかあちゃんはすたすたと家に戻っていった。

マルコメは、正座をして頭を抱えこんだ姿勢、
カメのように背中を丸めた姿勢のまま、

「ひーーーーーーーーーーーん」

と泣き出してしまった。

さきほどまで広場で、
なすきゅうの二人がかりの暴力に対して、
唇から血を流しながらも、
「実力さ!」と叫びあげ、
こらえにこらえてきた、涙。
それが完全に決壊してしまった

「ひーーーーーーーーーーーーん」

ああ、マルコメってこんな声で泣くんやなー。

「ひーーーーーーーーーーーーん」

なんという悲痛な声や。

「ひーーーーーーーーーーーーん」

超音波のようや。

「ひーーーーーーーーーーーーん」

なにか声をかけるべきとは思うんやが

「ひーーーーーーーーーーーーん」

あかん、とても、何も言えない。

「ひーーーーーーーーーーーーん」

か、かわいそうや、マルコメ、このしうちは。

「ひーーーーーーーーーーーーん」

考えれば考えるほど、かわいそうや。かわいそう。

「ひーーーーーーーーーーーーん」

はてしなく、かわいそうや。

「ひーーーーーーーーーーーーん」

マルコメよ。

「ひーーーーーーーーーーーーん」

すまん、ワイ帰る。

「ひーーーーーーーーーーーーん」

そうして、わいは、何も言えず、
泣いたマルコメをその場において、
こっそりと、家に帰ったんや。

「ひーーーーーーーーーーーーん」

ワイが立ち去る背中に、
マルコメのなき声が、
ずーと、ずーっと、きこえていたー。

「ひーーーーーーーーーーーーん」


「ひーーーーーーーーーん」


「ひーーーーーーん」


「ひーーーーん」


「ひーーん」


(おわり)





2 件のコメント

  • ことばの力は偉大ですね!それぞれの人にとって色々な意味があるから。マルコメ母、かなり怖いです。怖がるのも無理ないね。あちゃー😣やね、マルコメ!どんまい😉マルコメ!

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