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九粒目『藤井の敬語②』

新人戦のトーナメントのときのこと。
その一回戦が、ワイにとっても、藤井にとっても、
心躍る、デビュー戦やった。

ワイの試合の結果はと言えば、
1ラウンドでまけたわー。

その前の日に、ほかの新人選手たちの試合を見ていたら、
逃げながら、ぼっこぼこに打たれて、鼻血まみれでストップ負けした選手がおって
「うわあ、あれはあかんなー、かっこ悪いなー。」
と思ったもんやー。

「明日、ワイは、ああはならんとこー。あんなにかっこわるい姿ぜったいイヤやー」

と心に誓った。

それが、当日のワイは、1ラウンドで2回もたおされて
しかも二回目のダウンなんか壮絶なかんじで
立とうとしたら、あれ?足どこいったー?
ピヨピヨ状態の生まれたての小鹿みたいになったー。
わーい。

「『かっこわるい』には絶対ならないぞ!」
と誓っていたのが
「かっこわるい」を通り越して
「かわいそう」になった。

そのあげくタンカに寝かせられて
運ばれて退場やー。
「かわいそう」すら通り越して
「大丈夫?」になってるやん。
あーあ。
現実は、いつだって刺激的やなあ。

ほんでも、えらいもんで、
1回目にダウンしたときも、
2回目にダウンしたときも(この時は意識飛んだんやけど)、

「あー、つまらんミスしてもうたー。さっさと立って反撃しよー。デビュー戦から逆転勝ちとかー。それもカッコええな―。」
って思ってたんやなー。

この根拠のない自信。
夢見るロマンチスト。
誇大妄想癖。
勘違いの力。
そして、現場でぶつかって、知恵を得る。
そこまでがセットです。

そしてワイの試合のすぐ前に
藤井の試合があったんや。
藤井もこれまたすぐ負けた。
ぼっこぼこに連打連打を浴びて1ラウンドでストップ負けしたらしいわー。

ワイは試合に向けてアップしてたから、藤井の試合を見ることがかなわんかったんやけど
ほかの人たちの言によると、藤井は一方的にぼっこぼこに打ちまくられて、レフェリーにストップされたんやけど、
ふらふらでレフェリーに抱きかかえながら
「まだやれます!」
ってさけんだらしいわー。
その健気な姿が涙を誘った、という話やった。

ワイも実際には見てないのだが
あいつがボッコボコになぐり散らかされて
かわいそうな子犬のように蹂躙されて
負けを宣告されてレフェリーに救われながら
「まだやれます!」
ってさけんだ姿を想像すると
涙を禁じ得なかったし、なんだか笑顔になれた。

負けたな―。
負けた。

さて、ワイと藤井が一ラウンドで負けたのだから、
大会を続ける意味がないと思うのだが、なぜか大会は続き、
ワイらの同期のカジカワともやす(県立伊丹高校出身:逃げてきたピューマ)くんがライトフライ級で準優勝したわけやけど、
その大会期間中に
伝説の藤井の敬語がさく裂したんやなー。

会場の一角の壁に、各階級のトーナメント表が貼ってあった。

全部の試合なんて見てられないから、
自分たちのチームの選手以外の試合は
たいていは、そのトーナメント表をみて勝敗を確認していたんやな。

ほんでやな、うちらのチーム(大学)には、
カタギリさんっていう一年上の先輩がおって、
その弟さんもその新人戦に出てたんや。

カタギリさんの弟さんは、他の大学なんで
別に会ったこともしゃべったこともない人やけど
カタギリさんの弟やということで、
ワイらも身近に感じて、勝敗を注目しておったんや。

カタギリさんについてちょっと説明すると
将来プロ志望で、ホンマにボクシングが好きな人で、
フライ級で、お顔のほうはエラが張っていて、
「自己陶酔の左ボディ」を得意技とする、
親しみやすい先輩なんやー。

で、えらが張っていて、ワイはよく銭湯でお会いしたもんや。
体脂肪率の低い、鍛えぬかれた体つきをしていて、
えらが張っていて、
お◎んち◎がピンク色やった。

それですっごいエラが張っているから、
何でもどこかの大学の選手たちからは、
「風貌が、カニに似ている」ということで、
「カニ」と呼ばれていたらしいんやけど、
そのうわさを聞き付けた上級生の先輩が、
「カタギリ、お前、一部の界隈で、カニって呼ばれているらしいぞ」
とカタギリさんに言ったら
「え?なんでっすかねー?」
とピンと来ていなかった。
その当時、ボクシングの世界チャンピオンで、カニザレスっていう有名な選手がいたから、
それで先輩が、
「カニザレスに似てるからとちゃうかー。」
と適当なことを言ったら
カタギリさんは
「ええ?でもオレのボクシング、カニザレスを意識したことないですけどねー。
でも、うれしいなー。カニザレスか―。ありがとうございまーす」
といって、「カニ」と呼ばれていることについて、
ボクシングスタイルを褒められているんだと思ってらっしゃったらしいわー。

とにかく、まっすぐにボクシングが好きなひとで、
愛読書は『メンタル・タフネス』で、
ワイはボクシング部の先輩は一人残らず大好きやったけど
カタギリさんも、めちゃめちゃええ先輩やったんや。

さて、トーナメントが準決勝ぐらいまで進んだ日やったかな。
ワイらはトーナメント表が貼ってあるところに集まって、ぼんやり時間をつぶしていたんやな。

チームのみんなだいたいその場におったんかな。
ワイの同期の藤井もカジカワもおったし
カタギリさんも他の先輩方も何人もそのへんにおって
それぞれおしゃべりをしていたんやな。

トーナメント表を眺めていた藤井が、
「あ、カタギリさんの弟さん、負けたんや」といった。
ワイらの知らん間に、カタギリさんの弟さんは敗退していて、
その結果をトーナメント表で確認できたんやな。

そこで藤井はカタギリさん本人に聞いてみたかったんやろな。
その場のみんなに聞こえるくらいの大きい声でこう言うたんや。

「カタギリさんの弟さん、おまけになったんですか?」

場が一瞬静かになって

「おまけになったって、、、おまえ、えらく礼儀正しく負けさせてくれるじゃねえか」

そして藤井の発した、このひとこと
「カタギリさんの弟さん、おまけになったんですか?」
が、みんなの脳内でリピートされ、
笑いのツボを、じわ。。。じわ。。。と刺激し始め、
その場にいた全員が、藤井も含め、いっせいに、けらけらと笑いだしてしまいましたとさ。

ああ、笑えるって、ほんっとーに、すばらしいですね!

おわり。

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2 件のコメント

  • 藤井は面白い敬語を使いますねw

    オマケみたいw

    みんなで笑い合えて幸せな空間でしたね、藤井ムードメーカー!

  • 藤井さんの敬語、炸裂ですね!

    それにしても、ボクシング🥊すること自体が凄すぎ!そして怖すぎて見てられないよー!

    にしても「おまけになったんですか?」暫く脳内リピートしそうです!

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