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六十五粒目『入院④』

さて、退院の当日やったか、前日やったか、病室にボクシング部の監督がやってきた。
最後にまたCTで撮ったワイの頭の輪切りの写真をみながら、
監督と一緒に、院長先生に退院にあたっての話を聞いた。

「画像でみるかぎり、水はきれいに消えました。脳の腫れもおさまりました。症状が安定したということで、退院可能という判断ですが、あなたの頭部が、生まれつき外からの衝撃に強くないということは言えるかと思います。後遺症の有無は現時点ではわかりません。ただ、腰と頭の怪我は、完治することはないともいわれます。多少なりとも痛みは出ることがあるでしょう。日常生活をする程度ではまったく痛みを感じなくなったとしても、ほかの人よりは、爆弾を抱えているように思って気をつけて、激しい運動は避けた方がよいし、とくにボクシングについては、頭部に打撃を与えるのを目的としているスポーツですから、医師の立場からは、やめときなさい、と。」

頭に穴をあけなくてすんだ。退院できるまでには治った。けれども、元通りというわけではない。
こうして、ワイがボクシングを続けることに関してドクターストップがかかったわけや。

監督と一緒に、病室に歩いて戻って、ワイはまた、じんわりと、涙が出てきた。
それを見た監督が、

「きみは本当にボクシングが好きなんだねえ」

といった。
ワイはその言葉を聞いて、うむ、と誇らしい気分になった。
と、そのあとですぐに監督が、低い声で、

「これからしばらくは試合には出せないが、4年生の最後ぐらいに、こっそり一試合、リングに立てるように動いてやることはできる。」

といった。

ほんまにそれができることなのかわからないが、監督なりの親心、こんなに泣くほどボクシングをやりたがっているこの若者に、一筋の希望を。なんとか抜け道を探して、最後に一試合、復活できるように努力してやる。そんな、「男気」溢れることばやったんやろなー。

しかしそのとき、正直なことを言うと、ワイ、猛烈な恐怖に襲われたんや。

医者にボクシングを止められて、ナミダしているのにもかかわらず、
「きみは本当にボクシングが好きなんだねえ」といわれて、
そう!そうですねん、涙出るぐらい悲しいンですわ。
と感傷に浸りながら、
「もう一回リングに立てるようにしてやれるかも」という言葉を聞いたとたん、
身体が激しく反応したんや。
つい先日まで眠れないほどの苦痛を体験していた身体が、
「え!?やめろ!!やめてくれー!!二度とあんな痛い思いいややー!」
って、「断固反対!」って暴れだしたんやなー。
ワイはその瞬間、全身を貫くような猛烈な恐怖を感じたんや。
その感情が表情に出ないように、必死に隠してたけど、監督、気づいてなかったよなー。
それとも、「あれ、こいつ、ビビッてもーてる!」ってばれたかな?
「あれ?『ほんまですか?もう一回、リングに立たせてもらえるんですか!』って目をキラキラさせてよろこぶかと思ったら、なんや?戦意喪失してはりますやんかー。こいぬみたいにプルプルふるえてるー」

でも、それからワイはボクシング部に残って、みんなと一緒に練習して、本気のスパーリングだけはせんけど、春の合宿にも行って、新学年になって後輩部員も入ってきて、試合には出られない前提のもと、約1年弱、ボクシング部で練習を続けることになる。

さあ、ワイは晴れて退院したー。12月9日。入院期間は21日。
3週間ぶりの自由の身やー。

電車に乗って、五体満足で、ふたたび大学生活へ、「学荘」へ帰るんやー。
駅を降りて、商店街を歩く。
いったん「学荘」にもどる。帰ってきた―、自分の部屋や。
そして郵便ポストには、来るあてのなかった手紙が届いてたわー。
お財布をもって、チャリに乗って、いちばん近いスーパー「トーエイ」に買い物にゆく。

そのときの、自由な気分と言ったらどうだろう。

「ええなあー。なんてありがたいことなのだろう。こんなに素晴らしいことはないよなー」

からだの痛みなく、自分の足で歩けて、何食べようか―、とこれから食べるものを選んでいる。
買い物が、こんなにありがたく、自由で、素晴らしいことだったとは。
生きてるだけでまるもうけ、やなー。
ありがたくて、うれしくて、世の中がキラキラして見えた。

おそらく人には、世界がキラキラ輝いて見えるときが、人生において3種類あるんやな。
ひとつ。長い入院生活から解放されたとき。
ひとつ。恋におちて、その成就を予感したとき。
ひとつ。雨が上がって晴れたときや。

(つづくのか)



2 件のコメント

  • 監督の粋な計らいですね。優しい、漢や。

    その言葉に恐怖を感じるのはしゃーない。それが人間や。

    不自由を経験して、それから解放されると、途端に日々に感謝するし、自由に感謝するし、健康に感謝しますよね。わかる。風邪が治っただけで、頭痛が治まっただけで超Happyになりますね。

    感謝の正拳突き

    ワイもやるかあ

    多分やらん

  • ドクターストップかかったら、方向転換するのもアリだと思います。それなのに、よくぞ後輩が入ってくる時まで在籍して頑張ったんですね!というのは第三者の意見。母や姉ならきっとそうはいかないです。関西弁で言うならば「あんた、何しとんの?自分のしてる事わかってるん?」と。数年後、息子が一人暮らしするとしたら、こういうセリフ言っちゃうかもね!多分一回じゃない気がするー。

    矛盾するけども、子供のころ小山ゆうさんのがんばれ元気が好きやったなー。勇気いっぱい貰えたの思い出した!頑張ってる人はキラキラしてる!

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