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十七粒目『ジョイのこと⑤』

そうして、ジョイとワイら家族との
「冷戦時代」
というべき時期がはじまった。

とはいえ、けんかをしているとか、腹を立てているとかではないねん。
以前のように、すきすきすきー、かわいいかわいいかわいいー、
という愛情表現が、お互い、ぱったりと、なくなってしまったんや。

ジョイとワイらの間にあった、
「愛情」「信頼」というものが、急激に冷めてしまった。

ワイが、学校から家に帰ってくる。
するとジョイは、犬小屋の中から、じろり、とワイを見るだけ。

そして、ワイが散歩に連れて行こうと姿を見せると、

「はよせえーー!
 どんだけ待たせるねーーーーーん!
 はよ連れてけやああああボケがああーーーー!
 さんぽ!さんぽ!さんぽ!さんぽ!」

と、狂おしく身をよじらせて、じたばたする。

そして、ジョイが繋がれている鎖から、散歩用のリードに、
つなぎ替えた、と同時に、

「フアアアアアアアアアアアア!!!」

と猛烈な勢いで走り出すのである!

そして力がめっちゃ強い。
「横綱かっ!」
とよくわからない突っ込みを入れたくなる。
首輪でのどが激しく締められているだろうのに、ジョイはお構いなしに
行きたいところめがけて全力でぐいぐい引っ張ってゆく。
四六時中ハアハアハアハアいうとる。
そうして、散歩終わりの帰り際には
よっしゃ―ジョイ、いっちょ相撲するか?
ということで相撲をしたりもするんやが
これまでのようなじゃれあい相撲とは様子がちがって、
ジョイの態度は、
「お?やんのか?このやろー。
 本気でやったろかー?おーん?」
みたいなかんじで、
隙あらばワイの喉元を狙って食いちぎらんばかりの迫力や。
ワイも
「まだまだジョイなんかに負けるか―!このひよっこがー!」
と力を込めて横に投げ飛ばす。
結構、マジなやりあいをしていたもんや。

もしもその場面を、どこかの幼稚園児が通りかかって見ていたならば、
その日の食卓ではかならずや、
「あのね、おとうさん、おかあさん、きょうね、犬とね、人間がね、たたかっていたよ!」
と話題になっていたことであろう。

そんな感じで、
「ワイらの家では、犬を一匹、飼っています。
ただ、うちの犬、愛想のない犬やねん。」
というかんじで、
ジョイを飼っていたんやな。
ドライな関係が続いていたわけや。

そうこうするうちに
ワイは小学校を卒業し
中学校に入学し、
野球部に入った。
すると、先輩・後輩という上下関係の社会に投げ込まれるわけや。
そして、ワイらのころには収まっていたけれど、
数年前は、中学校の窓ガラスは、不良と呼ばれる生徒たちの手によって
ぱりんぱりんと毎日割られている、といううわさが立つほどに、
「つっぱり文化」みたいなのが健在やったんや。

学年ごとに、
「つっぱり軍団」みたいなのが形成されていて、
ワイは「つっぱり文化」に興味がなかったけれど、
同じ学校にいれば、避けようもなく「つっぱり文化」と相対する。

ワイは「つっぱり軍団」にどうこうされることはなかったけれど
それでもいちど休み時間に「つっぱり軍団」の集会に呼び出されて
「おまえ、なんでワシを見るといつも笑うんやー」
とすごまれたことがある。

とはいえ、学校には愉快なトモダチが何人もいたから、
基本的に学校生活は楽しかった。
けれど、
部活がしんどいし、
先生からの体罰はあるし、
つっぱり文化はあるしで、
イヤなこと、恥ずかしいこと、悔しいこと、
の種は、あちこちに転がっているから、
日によっては、気持ちが滅入って帰宅することだってある。

そんな日に、トボトボ家に帰ってきたときに、
無邪気に出迎えてくれるはずの飼い犬が、
犬小屋のなかで丸まったまま、
ジロリとにらみつけてくるとなると、
「なんやねん、ジョイ。」
と思ってしまう。

「ジョイ坊は、散歩に連れていくときだけ喜ぶんじゃなー。
 散歩と、えさやる時だけじゃ、よろこぶのは。
 ワイじゃなくても、ロボットでもええんじゃろな。」

そんなある日、ワイは、ジョイをいじめてしまったんや。
ワイが家に帰ってきても何一つ喜ばないのに、
散歩に連れて行こうとしたとたんに、
身もだえして

「はよしてえええ!
 はよ、つれてってくれやああ!
 はやくしろ、ばかああああ!
 さんぽ!さんぽ!さんぽ!」

とはしゃぐもんやから。
わかっているねんで、それは、
ジョイは一日一回散歩に行くだけや、
おしっこもしたい、うんちもしたい、
走りたい、いろんなにおいをかぎたい、
待ちわびた散歩の時間、
それはソワソワするし、早う早う、ってせかすわな。

でも、その日、何かいやなことがあったんやったかな。
ワイはプツンと切れてもーたんやなー。

「なんで散歩のときだけそんなに喜ぶねんっ!
 なんでえらそうに命令するんや?
 ワイの価値は散歩に連れていくことだけか!?」

それで、ジョイをいじめてしまった。
いじめたというか、いじわるしたんやな。

ようするに、鎖から、散歩用のひもに、
つなぎ替えるふりをするんや。

そしたらジョイは、

「フォオオオオオオオオオ!!!!」

って、歓喜にあふれ、一目散に弾丸ダッシュするやろ?
でも、ほんとはまだつなぎ替えてないから、
鎖につながってるから、
びよーーーーーんって、
首輪で止められて、
体だけズザザザアアってなるねん。

「あ、ごめんジョイ、まだつなぎ替えてなかったー」
と言って、
もう一ぺん同じことをして、
さらにもう一ぺん同じことをしたんや。
つまり、3回もやったんや。

思いっきりダッシュするもんやから、
あのとき、きっと痛かったやろ?ほんまごめんな。

それから、懺悔のついでに、もうひとつ、
ジョイに、いじわるした思い出があるねんな。

だれやったかな、たしか悪友のトヨタが、

「おまえんとこの犬のジョイ、
 なんであんなに顔が長いん?
 ほんまにイヌなん?あれ。
 じつはウマじゃろう?
 間違えて、ウマをもらってきたんじゃろう?
 ジョイは馬~。
 ウマ、ウマー。」

とか言うてきてやな。

「馬であるかー!
 ジョイはシェパードとチワワのあいのこじゃ!(これはウソじゃ)
 うちの大事なジョイをこけにしやがってー。
 そんなら、おまえんとこのモグだって犬ちゃうやんけ!
 できそこないの腐ったライオンやー!」

とかなんとか、口げんかになるわな。

それで、家に帰ってきたら、

「おれがウマと言われたことに対して、腹を立てて言い返してくれて、ありがとさん!」
という感じで出迎えてくれてもよいはずのジョイは、
また、犬小屋の中に丸まったままで、上目遣いで、じろり、と見るだけ。
その時に急に、気持ちがささくれ立って、ジョイに向かって、

「ジョイ!おまえは馬じゃ!」

と言ってしまった。

 「ジョイ!あなたは、自分を犬とだ思っていたでしょう?
 ちがいます。じつはあなたは馬なのでした!
 うま!うま!ジョイのうまー!」

といって八つ当たりしたことがあったなー。
ほんまごめん。ジョイ。


さて、そんなある日、この冷戦状態に、とつぜん、転機が訪れるんや。

放課後のこと。
いつものように、ワイら野球部一年生は
外野に散らばって球拾いや。
「いーよーい。いーよーい。」
って意味の分からない、わが野球部伝統の、掛け声。
ワイが小学生2年生のときに、
高校野球の練習試合を見に行ったことがあったけど、
そのとき有名な監督さんが

「声を出せばいいってもんじゃない。
ちゃんと意味のある声を出すのが大事じゃ。
ナイスピッチングとか、楽にいこう、とか。
ちゃんと意図が伝わる言葉で、声を出さにゃ、
大声出しても意味がない」

と言っていたもんやが。
いまのワイらは、なんやこれー。
「いーよーい。いーよーい。」
って。
「でも桑山中学はもっと変なんやで。
『そーい。そーい。』
っていうねんてー。」
って、どっちもどっちやろ。
僅差で「いーよーい」の勝ちやろ。

ほんまにつまらんなー。
こんなにええ天気やのに。

「なんという時間の無駄。
 人生の浪費。」

何もしていない時間。何の役にも立っていない時間。何の自由もない時間。

その日はなぜか、特にそう感じて、息苦しいほどやったんや。
ほんとうに大事なもの、自分の限られた人生の時間を、削られていくような気がしてた。

そうして球拾いをしていると、
野球部顧問のアダチ先生がグランドに登場や。

「集合!
 おまえら、さっきから見ちょったらなんじゃ!
 気合が入ってない!
 ならべ!
 ビンタじゃ!」

といって全員一列にならばされてビンタや。

それから、ダッシュや、ランニングや。

ま、しごかれる分には、まだ意味がある時間かもしれん。
しかし、何や、毎日だらだらと続く、あの、球拾いだけの時間。
ワイらは、何という無駄な時間を過ごしているんや。

そんなことを考えながら、
部活が終わって、着替えて、
帰り道の方向が一緒の吉田と帰っていたときに、
ふと、ジョイのことを考えたんや。

「なあ、犬の寿命ってなんさいなんじゃろ。」

「さあ。10歳ぐらいじゃないん?
 でも、はよう死ぬのは、2、3年で死ぬよ。
 おじいちゃんのとこの犬は長生きして、
 15年とか生きちょった。
 でも、だいたい10年も生きたら長生きなんじゃない?」

そうやんな。
10年。よく生きて、15年。
人間は、人生80年っていうよな。
そしたら、犬に与えられている一生の時間って、
だいたい人間の7分の1ぐらいか。

ワイはなんだか、すごく重要なことに思い当たっていくような感じがした。

そしたら、一日って、
犬にとっては、7日間、人間の一週間に相当するわけや。
ジョイは、一日じゅう鎖につながれて過ごしている。
それは、人間の時間に置き換えれば、一週間ずっと、鎖につながれて生きているってことやんか。

ワイは
「いーよーい。いーよーい。」
って叫びながら
球拾いをしている2時間が、
拷問のようにつらい。
人生の浪費感がすごい。
あれを、2時間でなく、
3時間、6時間、12時間、24時間、
さらにその7倍の、一週間。
朝から晩まで、一週間ずっと、
球拾いをして過ごすと考えたら?

一日じゅうつながれている犬って
そういうことやんな?

いや、鎖につながれてるから、
球拾いより、もっと自由がないやんか。

そう思い当たると、

「ワイ、ジョイにとんでもないことしてる」

という思いが、じわじわと胸に広がってきたんや。

こいぬのころ、
一緒にキャッキャ言って走り回っていたジョイの姿。

それから、鎖につながれるようになって、
犬小屋の中でじっと丸まって、じろりとこちらを見上げている、最近のジョイの姿。

「気づいた。あかん。ワイが間違ってた。完全に。」

その思いが、波のように押し寄せてきた。

「ごめん、ちょっと先に帰る。
 用事があったの思い出した。」

そう吉田に告げて、ワイは家に向かって走り出した。

ジョイに一刻も早く、会って、伝えたかったんやな。

(つづく)

2 件のコメント

  • 中学生の時にジョイの気持ちに気付いてあげれたなんて、私からすれば早い方だと思います。私は大人になってからも、本当の意味でそこまで寄り添えていたかと言うと全く駄目です。過去に戻れるなら、やり直したい。もっともっと沢山散歩に行けばよかった。

  • いじわる笑笑

    馬呼ばわり笑笑

    シェパードとチワワのハーフ笑笑

    ほんと、大事なことに気づくの早い!!中学生の頃なんか教室に落ちてる陰毛のことしか考えてなかった!!今も変わらないか!!←やばい

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