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百六十粒目『まゆ先輩との再会⑪』

「独立記念館」を出て、清州の大学に行ったのかなー。ちょっと、もうこの辺は記憶が飛び飛びで、バラバラになってしまった。
 というわけで、いったん、1998年の話は、しまいにしましょう。
 パク先生、カンさんの韓屋に泊めていただいたり、清州大学で、日本語研究会みたいな集まりにも招かれたり、いろんな大学生に出会って、おもしろい思い出はけっこうあるんやけど、清州でのことはまた、折に触れて書いていくことにしますわな。いまは、まゆ先輩の話から脱線しているから、戻さなあかんから。

「日本と韓国は近くて遠い国というけれど、韓国はけっこう日本に関心があるぞ。日本のほうがもっと関心を持ったら、近くて近い国になるのでは」

という感想を持って、最終日は、プサンのチャガルチ市場でキムチとかのお土産を買って、関釜フェリーに乗って帰国した。

それから、韓国で出会った人とは何人かと手紙のやりとりをしたんやけど、そのころ韓国では手紙の検閲とかあったんやなー。今では考えにくいけど。第三者に開けられて読まれた跡が歴々の手紙が届いたことがあったなー。

それで、まゆ先輩にも手紙をかいた。ボロボロの赤い靴をはいたテグに住むふしぎな芸術家のイメージや。重量感がなくて、ふわふわと、雲の上を歩いているひとっていうイメージや。得難い友人やー。それで、まゆ先輩とは年賀状のやりとりがつづいていたんやけど、ある年の年賀状で、「おかあさんになりました~」みたいなのが届いた。おお、いいなあ!というか、よかったなあ!というか、母子ともに、しあわせな未来をいのります!みたいな感じになってやな、次に会うたのが、2001年ぐらいかな、なんか嶺南大学で日韓の美学会があったのかなあ。ワイも日本側の美学科の卒業生で、嶺南大学にも行ったことがあるってことで、参加をしたのかな。それで、そのときに学会の会場、講堂みたいなところで、まゆ先輩に久しぶりにおうたんやな。冬場で、まゆ先輩はなんか青いスタジアムコートみたいなのを着て、あかちゃんの「ほうちゃん」をだっこしていた。おとこのこや。ほうちゃんはちっちゃくてかわいらしくて、ワイは「かわいいなー」いうてほうちゃんをみてたわー。ほんで一緒に写真を撮ったわー。ミン先生もいらっしゃったし、ミン先生を紹介してくれたハマシタ先生もいらっしゃったなー。うれしい再会やったー。そのときにロッキさんとも出会ったんやったなあ。ロッキさんはだれやというと、ロッキさんはロッキさんや、としか言えないなあ。だってロッキさんやからなあ。ホンマにようしてくれたけど、今もお元気かなあ。

ほんでまゆ先輩とはその後も年賀状のやり取りは続いていてやね、それで、2003年の1月、ワイが急転直下、ワーキングホリデイビザで、韓国に渡るとなったときに、再び手紙を書いたんや。1998年に韓国にいって知り合って手紙をやり取りした韓国人は何人もいたけれど、あれから5年近くたって、この時までやり取りが続いていたのは、まゆ先輩だけやったと思う。ほかのみんなも、思い出せば狂おしいぐらいなつかしく、いま元気でいるのかな、って安寧をねがう人はいっぱいいるけど、会った人全員といつまでも手紙のやりとりを続けるわけにもいかず、「縁」というものがあるんやろな。
このときも釜山港でフェリーから降りたとたんに、初韓国の時と同じで、あ、ちなみにこの時のフェリーは関釜フェリーななくて大阪南港からのパンスターフェリーに乗ってきたんやけど、心細くて、心細くてやな―。「一日ぐらい、釜山をゆっくり観光して」みたいな気持ちは消し飛んでしまうんやな。
はよ、テグに行こ。テグに行ったら、まゆ先輩もおるし。心強いしな。と思って、プサンからテグに直行したんやな。ほんで、またトンデグ駅近くの安旅館に泊まって、3泊するからまけてや、いうて。急に来たから、これから住む場所すら決まってないからさ、翌朝からはあてもなく下宿探しや。大学近辺を「下宿生募集」の貼り紙を探してうろうろしてたら、その時に偶然、道でサンテさんに声をかけられて、なかよくなって、サンテさんの協力もあって、翌日、いっしょにコシウォンをさがして、地下鉄大明駅のちかく、コプチャン通りの近くの「春田孝試院」に住所を定めた。朝夕2食付きで一か月25万ウォンや。これなら、月5万円の予算でじゅうぶん生活できる。ほんで翌日、役所に外国人登録しに行って、指紋押捺して、住民カードもろて、「これでワイもテグ市民や」となってから、まゆ先輩にでんわをして、「つきましたでー。テグでしばらく暮らしますよー。よろしゅうー。いっぺんお会いできますかー?」みたいになったのかなあ。
あんまり覚えてないけど、2003年の滞在中に、まゆ先輩には2、3回ぐらい会ったように思うんやなあ。毎回ちいさな「ほうちゃん」がいっしょや。ほうちゃんは3さいぐらいやったんかな。あんまりしゃべることはなかったように思うけど、かわいかったなあ。

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