六十粒目『学荘⑨』

これは学荘の話やないけど、途中で学荘が出てくるから、
学荘の話として話すわな。

ワイ、ボクシングしてたこと話したやろ？
ほんで、試合で、派手にあごをぶち抜かれて、
マットにたたきつけられて、
タンカで運ばれた話、まえにしましたやろ？

あのすぐ後の話やねんけど
ワイはすぐに
「にゃろめ、今度は倒し返したる―」
と練習を再開したんやけど、まあ、首が痛かったわー。

主将の先輩に
「派手に転がされたけど、ひと晩寝たらケロッとしたもんかー？」
といわれ、

「はい、ちょっと首が痛いだけっすねー、全然大丈夫っすわー」

って言ってたんやけど、試合が終わって一週間後の土曜日の練習終わりに、
監督が
「めし食い行こか」
ということで、なんか、何人かで、居酒屋にいったんやー。

ほんで、遠慮せんと、食え食えいわれるから、ハイハイいうて、刺身の盛りあわせに箸を伸ばしていたんやけど、

「おまえさっきから、いいとこばっかり食ってるじゃねえか！」

って2年生のカタギリさんに怒られて、スンマセンってなったの覚えてるんやけど、
もう二十歳になってたから、いや、当時は二十歳になってなくても飲まされたもんやけど、
なんか飲み慣れないビールとか日本酒を少し飲まされてやな、

監督からは「おまえら、ワシが試合の日に弁当を朝から手作りで作っていったのに、ごちそうさまでしたの一言もなくて、あれは何なんや」って怒られてやな。

ほんで、ほろ酔い気分で学荘に帰り着いたんや。
そしたらえらい頭が痛くてやな。
あー、頭痛がする―、いうて、寝付かれなくて、ちょっと散歩に出たんやな。

ほんで、自動販売機でホットココアを買うたな。
それ飲んだわ。それで散歩して帰ってきたわ。

でもどんどん頭痛がひどくなるねんなー。
それで、あまりの頭痛に、つぎは吐き気がしてきて、
吐くのは嫌いだから耐えてたんやけど
とうとう我慢の限界で、共同台所で、せいだいに吐きました。

ココアを飲んでたから、吐いたもの、ぜんぶ、ココアのこげ茶色やったー。
お刺身のええ部分食ってカタギリさんに怒られたのに
それも全部はいたわー。

一遍はいたら楽になるやろと思ったけど
それどころか、吐き気は何度も何度も襲ってきて、
もう、何回も何回も、吐きに吐いたんや。
しまいには、吐くものなくなったけど、胃液だけはいてたわー。

それで、一睡もできずに、ひどい頭痛の中、夜が明けたわー。
ほんでワイは、そのときカタギリさんが主務、連絡係やったからな、
ピンク電話まで這って行って、10円玉入れて、震える指でダイヤルしてやな、カタギリさんに電話した。

「カタギリさん、スンマセン、わたなべですけど、きのうから頭痛がひどくて、全部はいて、頭痛がすごくて」

おまえそれ、まずは病院行け、いうことで、ハイ、いうて、その日、日曜日やったからな、近くに開いている病院がなくて、箕面東病院っていうところを目指して、バスに乗るんやけど、もう、歩かれんぐらいの、頭痛と吐き気やねんな。

もう、ゆっくりゆっくり、頭痛と吐き気をこらえて、バスに乗って、バスの中でも、ぼろ雑巾みたいにぐったりなってるねん。
それで、バス停について、下りて、病院まで坂道を登っていくんやけど、とてもじゃないけどあるけない。頭痛と吐き気で、ふつうにからだを動かすことができないねん。

それでも根性で、途中、何度も何度もへたり込んで、文字通り、這うようにして、病院についたんや。
で、病院で、受付するけど、なんとまあ、病院には健康そうな人ばっかりや。
苦しそうにしてる人おらへん。そんな風に見えたな。あれ、笑ってはるやん。笑える元気があるなら病院に来んでもええやろって思ったな―。

それで死んだようになって順番待って、呼ばれて、這うようにして診察室へ。
「ボクシングで。。。」って説明するけど、その医者、

「ふんふん。レントゲンとってみましょう」

といって、なんかレントゲンとったわ。

「異状ないですね。たぶん風邪でしょう。」

「そ、そんなことないと思うんですけど。。。」
ワイ、せいいっぱいの、蚊の鳴くような声や。

「いや、レントゲンで異状ないですからねえ。風邪でしょう。」

ワイ、うそや～ん、って思ったわ。
ただの風邪で、こんなに死にそうなわけないやん。

こんな苦しそうにしてるのに、どうみてもふつうじゃないやん？
「フン、えらい大げさなやつやなー。ただの風邪のくせに」
っておもってるってこと？？？？

レントゲンじゃなくて、人を見ろよ！！！！！
こんなに死にそうになってるのに、ただの風邪のわけないやん！！！！！

って思ったけど、ぜえぜえ言いながら、病院を後にしたわー。
それでまた、バス停まで、何度も何度も、へたり込みながら、這うようにして進んだ―。

（つづく）