「おはようございますー」
朝、若いスタッフが出勤してきたとき
ワイは作業台にチラシを山と積んで、
その一枚一枚に、修正テープをちょっとずつ、引いていた。
「あれ、にゃんたさん何してるんすか?」
「ああ、これ……ちょっとな」
若いスタッフが笑う。
「このチラシ、けっこう評判よかったんじゃなかったんですか」
「いや、そう思ってたんやけど、今回はじめて、
“いやな思いしました”っていうお客さんがいらっしゃってなー」
「え、そんなことあるんすか?」
ワイは手を止めて、ちょっと考えてから言うた。
「いや、ワイも、そのお客さんの気持ちわかるんやー。
ワイこそがわからなあかん、という気もあるのよな。
自分で書いておいて、こんなこと言うのもなんやけど。
確かに、そう思う人もいらっしゃるよなって、反省したんや。
ワイ、子どものころな、町内のオッサンとかが、
『おまえ、き〇たまついちょんか!』とか言うのが、
ほんまイヤでな」
スタッフが吹き出しかけて、口を押さえた。
「笑うやろ? でも、昭和のおっさんって、そういうことを平気で子どもらに言えたんや。
ワイ、それ、ほんまにイヤやった。
ま、き〇たま、はともかくな、そのたぐいのことばが、話される場におるのが、ワイ、イヤでイヤで仕方ないときあった。
子どもの頃は、たいていの子はそうやったんちゃうかな。
ほら、家庭で、テレビでそういうシーンが出ると、いたたまれない空気になるとか、けっこうな共有体験やったやんか。」
「そうですねえ。でもでも、そのチラシに書いてあるのは、文脈からして、そんな、きわどいものでもないでしょう?」
「いや、でも、ことばが喚起するものってあるやんか。
ほら、ゴキ〇リのことを、〇キブリって言うたらあかん、“G”って言うて!
っていう人もいるやんか。
もちろんそれは「受け取り手側の問題」っていうこともあるけれど、
ワイ自身、大人になってからでも、ことばに超敏感な時期があってなー。
脳挫傷のせいもあったと思うんやけど、異様にイヤに感じてな、
テレビ見てても、そういうこと言う芸人は大っ嫌いやったし、
“恋のから騒ぎ”とかの番組も、イヤでイヤで腹立ってよう見んかった時期がある。
だから、今はそうじゃなくなったけど、こういうことばを、目にするだけでもイヤです、っていう気持ちは、ワイ、わかるし、気をつけなあかんかったって思うねん。」
スタッフが「なるほど……」とつぶやく。
「せやからな、このお客さんは、よう言うてくれはったなって、思うんよ。
というか、ホンマにいやで、言わずにはおれんかったんやろなー。
ま、正直、一面では受け取り手の問題とも思うけど、
なによりも、チラシって、うちらが勝手に入れるもんやろ?
だから、イヤに思う人がいる可能性があったら、そこには配慮せなアカン。」
シーンとなってしまった。
わかるで。
「とはいえ、ワイにはワイの、
ものを書くひととしての、矜持もあるんや」
もう一度、修正テープをスッと引く。
お ちん
「この単語、ぜんぶは消さない。
一文字、二文字だけ、消す。
それでもだいぶちがうやろ?隠されているやろ?配慮できてるよね?
だって、ワイ、笑ってほしかっただけやからな。
これを書く時に、笑ってほしい気持ちだけで書いたのだから。
そして、おもしろかったって、わざわざ感想をいってきてくれたお客さんもおるからな。
だから、このチラシは捨てない。
修正テープで隠して、また配るんや。」
若いスタッフは黙ってうなずいた。
9月の朝の光が、庭先のガラスに反射していた。

3 件のコメント
ちょ、Gの本名書いてもアカンで!
〇キ〇リとかにしてくれんと!
字体で見ても気持ち悪いんや!
伏せるのはなるべく濁点がええな!
冗談はさておき
ワイも考えてたけど、例えばブログと違って
チラシは有無を言わさず入れるものやから
配慮が大切かもしれんなあ
とワイも思ってた。ブログやったらいやなら見んなや!で済むんやけどな。
Gの部分を一文字ずつ伏せ字に修正しました。
ありがとうございますやで〜