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百二十七粒目『チラシ、修正テープします』

「おはようございますー」

朝、若いスタッフが出勤してきたとき
ワイは作業台にチラシを山と積んで、
その一枚一枚に、修正テープをちょっとずつ、引いていた。

「あれ、にゃんたさん何してるんすか?」
「ああ、これ……ちょっとな」

若いスタッフが笑う。

「このチラシ、けっこう評判よかったんじゃなかったんですか」

「いや、そう思ってたんやけど、今回はじめて、
 “いやな思いしました”っていうお客さんがいらっしゃってなー」

「え、そんなことあるんすか?」

 ワイは手を止めて、ちょっと考えてから言うた。

「いや、ワイも、そのお客さんの気持ちわかるんやー。
 ワイこそがわからなあかん、という気もあるのよな。
 自分で書いておいて、こんなこと言うのもなんやけど。
 確かに、そう思う人もいらっしゃるよなって、反省したんや。
 ワイ、子どものころな、町内のオッサンとかが、
 『おまえ、き〇たまついちょんか!』とか言うのが、
 ほんまイヤでな」

スタッフが吹き出しかけて、口を押さえた。

「笑うやろ? でも、昭和のおっさんって、そういうことを平気で子どもらに言えたんや。
 ワイ、それ、ほんまにイヤやった。
 ま、き〇たま、はともかくな、そのたぐいのことばが、話される場におるのが、ワイ、イヤでイヤで仕方ないときあった。
 子どもの頃は、たいていの子はそうやったんちゃうかな。
 ほら、家庭で、テレビでそういうシーンが出ると、いたたまれない空気になるとか、けっこうな共有体験やったやんか。」

「そうですねえ。でもでも、そのチラシに書いてあるのは、文脈からして、そんな、きわどいものでもないでしょう?」

 「いや、でも、ことばが喚起するものってあるやんか。
 ほら、ゴキ〇リのことを、〇キブリって言うたらあかん、“G”って言うて!
 っていう人もいるやんか。
 もちろんそれは「受け取り手側の問題」っていうこともあるけれど、
 ワイ自身、大人になってからでも、ことばに超敏感な時期があってなー。 
 脳挫傷のせいもあったと思うんやけど、異様にイヤに感じてな、
 テレビ見てても、そういうこと言う芸人は大っ嫌いやったし、
 “恋のから騒ぎ”とかの番組も、イヤでイヤで腹立ってよう見んかった時期がある。
 だから、今はそうじゃなくなったけど、こういうことばを、目にするだけでもイヤです、っていう気持ちは、ワイ、わかるし、気をつけなあかんかったって思うねん。」

スタッフが「なるほど……」とつぶやく。

「せやからな、このお客さんは、よう言うてくれはったなって、思うんよ。
 というか、ホンマにいやで、言わずにはおれんかったんやろなー。
 ま、正直、一面では受け取り手の問題とも思うけど、
 なによりも、チラシって、うちらが勝手に入れるもんやろ?
 だから、イヤに思う人がいる可能性があったら、そこには配慮せなアカン。」

 シーンとなってしまった。
 わかるで。

 「とはいえ、ワイにはワイの、
 ものを書くひととしての、矜持もあるんや」

 もう一度、修正テープをスッと引く。

 お  ちん

「この単語、ぜんぶは消さない。
 一文字、二文字だけ、消す。
 それでもだいぶちがうやろ?隠されているやろ?配慮できてるよね?
 だって、ワイ、笑ってほしかっただけやからな。
 これを書く時に、笑ってほしい気持ちだけで書いたのだから。
 そして、おもしろかったって、わざわざ感想をいってきてくれたお客さんもおるからな。
 だから、このチラシは捨てない。
 修正テープで隠して、また配るんや。」

 若いスタッフは黙ってうなずいた。
 9月の朝の光が、庭先のガラスに反射していた。

3 件のコメント

  • 疲れて昼寝したら今の今まで寝てて今から起きてどうすればいいのか分からなくなってる人
    返信

    ちょ、Gの本名書いてもアカンで!
    〇キ〇リとかにしてくれんと!
    字体で見ても気持ち悪いんや!
    伏せるのはなるべく濁点がええな!
    冗談はさておき
    ワイも考えてたけど、例えばブログと違って
    チラシは有無を言わさず入れるものやから
    配慮が大切かもしれんなあ
    とワイも思ってた。ブログやったらいやなら見んなや!で済むんやけどな。

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