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百三十九粒目『ブランジェールでこみ①』


でこみはみなしごで
というか、故郷をすてて
とおい町から家出してきて
さむい夜みちにたおれていたところを
パン屋のダニエルさんにひろわれた。

ダニエルさんはでこみをあたたかい家につれていってくれて
あたたかいスープを飲ませてくれた。

それででこみはダニエルさんのパン屋で働くことになった。
でこみは
「あたしの命の恩人だ」
と思って、ちいさな体で一生懸命はたらいた。

「あの子はよく働くなあ」

ということで、でこみはお給料をもらうようになり
それで、もっといっしょうけんめいはたらいた。

でこみのぱんをつくるうではみるみる上達していった。

でこみがよくはたらくので
そしておいしいパンを焼くので
ダニエルさんのパン屋は大きくなった。

ダニエルさんはいい車に乗って
いい服を着るようになって
でこみのお給料はかわらなかった

でこみはいっしょうけんめいはたらいた。
でこみのなかまのパン職人が
「お給料を上げてください」
「更衣室をきれいにしてください」
「エアコンをつけてください」
というたびにやめさせられていった

そのぶん、でこみはよくはたらいた。

「チーズが高くなった」

といってある日ダニエルさんは材料のチーズを安いチーズにした。

そのときにはでこみははじめて

「もとのチーズに戻せませんか」

と意見した。

けれどダニエルさんは

「客なんてバカ舌ばっかりなのだから、チーズの味なんかわからないよ」

といって笑った。

あるときダニエルさんが安売りのソーセージを大量に買い込んで
とても使いきれなくて消費期限が切れてしまった

「なんでもっとソーセージを使わなかったんだ。」

とダニエルさんは怒って

「消費期限なんて少々構わんからどんどん使え」

といった

でこみは

「ひとこと記載して売った方がよくないですか」

といった。

「なにを?」

「消費期限が切れているソーセージを使っていますと」

その日はじめてでこみはダニエルさんにひどくののしられた。

けれど、でこみは毎日よく働いた。

ある日ひとりのお客が、ソーセージが変な味がする、といってきた。

でこみは店の奥のダニエルさんにそのことを伝えて、

「店長が、直接お客様に説明してあげてください」

といった。

ダニエルさんは大仰に顔をしかめて
ぶるぶるぶると顔をよこに振って

「店長はいないといえ!なぜ私が表に出るのだ?
お客に対応するのは店員の仕事だろ!ちがうか?
うちは絶対に賞味期限内の材料しか使っていません!
清潔にして、冷蔵庫にちゃんと管理しています、と押し通せ!
余計なことは絶対に言ってはならないよ!」

といった。

でこみは
「自分のことなのだから自分で説明すればいいのに。
わたしに説明させるのならわたしに消費期限切れのソーセージを使うか使わないかの権限をもたせてくれたらいいのに」
と思った。

翌日、

「消費期限切れの材料は使わないこと」

という貼り紙をつくってきて
ダニエルさんに

「これを厨房に貼ってもいいですか?」

といった。ダニエルさんは渋い顔をして。

「だめだ。こんなものは貼る必要がない。
 でこみ、おまえは経営のことを何にもわかってない。
 余計なことを考えないでいい。これはおまえの領分ではない。
 おまえの仕事はなんだ?おいしいパンを作ることだ。
 それだけかんがえて、一生懸命やりなさい。」

それで、でこみはいっしょうけんめいはたらいた。

でこみは「枯木立」というぱんをつくった。
そのパンは評判になってよく売れた。
それでダニエルさんのパン屋さんのうわさは広がった。

あるひ、「パン屋の勉強をしたい」というおばさんがたずねてきた。

ダニエルさんは得意げにおばさんに説明して、
あなたもぱんやをやるといい、とすすめた。

ダニエルさんはそのおばさんを連れて、でこみたちがパンをつくっている部屋にくると

「とくに、たくさんの種類のパンを並べることが大事ですよ。多ければ多いほどいい。
売れなくてもいい。種類がが多ければ多いほど、売り場が華やぎます。それが大事です。
お客さんも、たくさんのパンから選ぶのが楽しいでしょう。これがはやるポイントです。」

と笑顔で説明していた。

パンをつくりながらでこみは

「たくさんの種類をつくるのはいいけれど、味やそのパンへの思い入れは二の次で、なんでもかんでも、あれもつくれこれもつくれって、
捨てるパンも多くなってくるし、そのうちに材料の質がどんどん落ちてくるし、つくるほうはこんなにたくさんつくる必要があるのかなって、くたびれてしまうんだけどな」
と思いながらパン生地をこねていた。

ダニエルさんの話を聞いておばさんは感心したように何度もうなずいていたが、

「けれど、こんなにたくさんの種類のパンを毎日つくるとなると、たいへんですよね。気が遠くなりそう。わたしにできるかしら。」

といった。
するとダニエルさんが間髪入れずに、

「だから、人をやとって、やらせるんですよ!あなたがやる必要ないです!」

おばさんは、「ホウ」とうなずいていた。

「ああ、じぶんでやらないから、わからないんだな」とでこみはおもった。

そのうちに、でこみはどんどん朝早くから働きだし、どんどん夜遅くまで仕事をしているようになった。
そうしないと、とても仕事をぜんぶこなせないからだった。
でこみは少しずつやせてきて、ふらつくようになり、顔色も青白く、頬もげっそりやつれてきた。

週に1日は休みがあったが、ボロアパートで、最近は昼まで寝ていて、外出する元気もない。
ふとある時、ひと月のお給料を、働いている時間で割って計算してみたら、時給が600円にもならなかった。
そのときちょうど故郷から電話がかかってきて—-家出してきた実家と、何年ぶりかで和解して、連絡をとるようになっていたーーー受話器越しに母の声、一時はあんなに嫌っていた母の声を聞いていると、なぜかぽろぽろと涙がこぼれた。

ある日、夜中の12時を過ぎるころ、でこみがひとりで厨房で最後の片付けでオーブンの天板を洗っていると、いつものように外でお酒を飲んで帰ってきたダニエルさんが、

「やーやー、でこみ、こんな時間に、なにしてるんだー。まだ働いているのか。うーい。早く休んだらいいじゃないかあ。」

そういいながら、うひひひひひ、といって、でこみに近づいてきた。

そうして、べたべたと肩のあたりをなでまわすと、

「お、なんか、でこみ、細いんだなあ。骨と皮ばかりじゃないか。もっと、しっかりたべて、太らなきゃ。
知らない人がみたら、わたしがでこみを毎日あまりにも長い時間働かせすぎて、それででこみがやつれたみたいに誤解するじゃないか~。」

といって、さもたのしそうに、「へはあ、へはっはあ」とわらった。

そのとき、でこみは初めてダニエルさんに爆発的に腹が立った。
道で倒れているところをひろってもらったあの日から、
恩人だと思って、なんとか、恩を返したいと
これまでも幾度かは、いやな思いをするできごとがあったけれど、
それが頭のなかで言葉になることは、いちどもなかった。
けれど、この時初めて、

「それ以外に、あたしがやつれてる理由が、ほかにどこにある!?」

という言葉が頭にはっきり浮かんだ。

やめたい。やめる。

それから2か月後に、でこみはダニエルさんに、

「母と連絡が取れて、父の容態がわるくて、帰ってきていっしょにくらさないかといわれた。」

という理由で、パン屋をやめると告げた。
それは半分は本当だった。

ダニエルさんは、それはしょうがない、これまでよくやってくれた。
といって、そして、でこみはパン屋をやめて、とおい故郷の町へと戻って行った。

(つづく)


■今日の庭掃除

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