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■私のお菓子づくりの師匠~フラワーケーキのための模様口金55種セットに思う

Dreams can’t come true.
などといいますが。
かつて、わたしはケーキ屋さんになることを夢見ていて、小さなケーキ屋さんを営んでいる自分の姿が、きらきらとイメージできていた時期がありました。
だから、そのころ私は、わが天職という思いを胸に、製菓工場ではたらいていたのでした。

そんなことを思い出したのは、今日、お客さまからのリクエスト商品、
こいつが届いたからです。

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55種類の模様口金セット 生クリームデコレーション、フラワーケーキ、各種製菓に(韓国輸入品)

「フラワーケーキ」関連の韓国の本が、いま、ぽつぽつ売れていますが、

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きれいだわい。

⇒過去記事『韓国のフラワーケーキ&バタークリームの本。』

この、フラワーケーキをマスターして、上手にこさえたい!というお客様から、
「口金55種セット」というのがあるのだけれど、
それは中国や韓国でしか売っていないようだ。
ということで、「困ったときのにゃんたろうず」
私たちのお店に、お取り寄せのリクエストをいただきました。

調べてみたら、Amazonさんで同じような口金セットが安く出ているのですが、
なんでもAmazonさんの安いのは、同じ口金が何個もダブって入っている可能性がある特売品だそうで、
「わたしたちは、ちゃんとした『55種セット』がほしいのである!」
という声にお応えして、韓国からお取り寄せしてみました。

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こういう、一般の台所ではふつうは見られないスペシャルな道具が目の前にあらわれると、
わたしのような素人に毛が生えたようなもんであっても、
むかし取った杵柄(?)、記憶のどこかに反応するものが残っているのでしょう、
血が騒ぐというか、なんだかテンションあがっております。

さて、そんな上がったテンションにつられて、
むかしお菓子を作っていた日々が思い出され、
あれこれいろんな愉快ななかまたちの顔が浮かんでは消えるわけですが、
その中で、シノダさんの顔だけが、浮かんだままなかなか消えませんので、
すこしだけ、シノダさんのお話をしてみましょう。

思えばワタクシは数々の職場を転々としてきましたから、
これまでにいろんな上司、ボス、オヤカタ、と一緒にしごとをしてきたわけですが、
それぞれにすばらしく、おもしろい方々ではありましたが、
しかし、その中で、もっとも、
「いつか、自分がオヤカタ的な立場になったら、こんなオヤカタになろう」
という、「理想のオヤカタ」のスタイルだった人が、
和菓子の工場の職長の、シノダさんその人でした。

私は新入りとしては若くもなかったですし、気が利くわけでもなかったですが、
とりあえずやる気だけは表出しており、いわれたことには素直に従いましたので、
ぼちぼち好意的に目をかけてもらえたように思います。

「お、案外、手先が器用やないか」
ということで、早いうちから、あん玉を切ったり、まんじゅうを包んだり、もちを丸めたりする仕事を手伝うことになりましたが、
「モチを丸めるときのコツを教えてやろう」
とシノダさんがにこやかに指導してくれました。
これは以後、10回ぐらい同じことを教わりましたので、
たぶん和菓子職人の間では広く知られている、
きっと大切なコツなんですが、

「丸めるときは、こうやって。
やさしく。ていねいに。そう。
おんなのしりをなでるように。」

師匠のおしえを一言も聞き漏らすまいと心がけていた私は、一生懸命、おんなのしりを思い浮かべながら、やさしく、ていねいに、もちを丸めたものです。
単純できつい作業をしながらも、なんだか初恋のような幸福感だったように思われます。

「菓子の味はなんで決まるか。
素材が六割。
職人の腕が二割。
そして残りの二割はなにか。
おいしいものを食べさせてあげたいと思う心。
愛情が二割。
てなことをわしらは教わってきたなあ。」

というようなことも伝授されました。
シノダさんは、私のお菓子作り、ひいては料理の師匠ということになるでしょう。

そしてまたひとつ、印象に残っているのは、
「休憩は大事やで~」
といって、時間になると必ず、みんなの仕事の手を止めさせて、
工場の隅っこに集まって、座ってお茶を飲んで、世間話をするのでした。
なんでも以前に自分のお店が阪神淡路の震災でつぶれてしまったとかで、
「オーイ、休憩せえよー。いつ地震が起こって休憩できんようになるかわからんどー。」
とニコニコしながら、冗談半分まじめ半分に、言うのでした。

そして一番「このひとはえらいな」と思ったことがあります。
それは、仲間がやらかしたミスに、決して怒らないということでした。
たとえば、大量の粉やら砂糖やらたまごやらを一度にでっかいミキサーに入れて、生地を捏ね上げるわけですが、どうも、その日は生地の様子がおかしい。
「あれ?どうしよう。たぶんまちがえた。」
下っ端の職人が、材料の計量を完全に間違えて生地を捏ね上げてしまったのです。
「は、はかり間違えました・・・」と青ざめて報告してきた、そんな場合。
シノダさんは、まったく、怒りませんでした。
表情一つ変えずに、ニコニコ顔で、
「何をどうした~?」
と生地をなめてみたりして、現状を把握していきます。
そして紙と計算機を持ってきて計算を始め、
「じゃあこれを半分ずつ使ったらいけるなあ。半分は冷蔵庫に入れてしまえ。明日もう一回作ることにしよう。」
そして、じゃあ粉をあと何キロ足して、砂糖を何グラム足して、と指示をします。
まったくあわてず騒がず。いまの状態から最善の手だてを考え出して、ミスをカバーすればいい。それを、涼しい顔でやってのける。

そういうことが、何度もありました。

これまでに私が見てきたオヤカタたちにかぎっていえば、ほぼ全員、このような場合には、間違いなく気分を害して、たいていはこっぴどく怒鳴りつけて、次に同じ失敗を繰り替えさせないように厳しく指導する、というスタイルでした。

だから、シノダさんがまったく気分を波立たせる様子を見せないこと、困ったそぶりひとつ見せないこと、そして、淡々と仲間のミスを見事にカバーしていく姿に、舌を巻きながらも、これが正解やんな―、と感じ入ったのを覚えています。

そうやんなー、怒らなくてもいいよなー。
すでに起こったミスに対して、怒ったり、機嫌を損ねてみせたりするよりも、
冷静になって、すばやく現状を把握して、上手にカバーすることに集中すればいいんだ。
それができる実力があるから、リーダーができるんだ。
だから自然に尊敬されるし、みんながついていくし、
そしたらチームとしての力が上がる。職場の雰囲気も、居心地もよくなる。
こういうリーダーこそあるべき姿なんじゃないだろうか。だからお給料もみんなより多くもらうんだ。

目からうろこが落ちるように、そんなふうに思いました。

だからといって、べつに、
「失敗したら、それは厳しく怒ってあげるほうがいいんだ。そのほうが間違いなくそのたわけの成長につながるのだ」
という信念でやっているのかどうかわかりませんが、そんな今まで一緒に仕事をしてきたオヤカタたちを否定したりする気は全くなくて
これはどっちがよい悪いの問題として話したいのではなく、
流派の違い、スタイルの違いとして話したいことで
そのうえで、私が個人的に見習いたいスタイルは、
シノダさんのスタイルでございます断然。という感想です。

だから、別にリーダーたるものシノダさんのスタイルでやるべきとか、そっちのほうがよい結果になるとか、確固として思っているわけでもなくて。
というのは、実際問題、シノダさんはその数か月後に、
仕事中に突然、

「わしは、まだ、お前らみたいなもんになめられるほど、落ちぶれとらんわーい!!

と啖呵を切って前掛けをはずして投げつけて出ていき、それっきり、やめてしまったからです。

なんのこっちゃ?と思われるでしょうが、ようするに、いろいろあったのです。
私の知らないこともいろいろあったものと思います。

では、それっきり、シノダさんに会っていないのかというと、
もう一度だけ、会いました。

ある日、工場に、サングラスをかけて、篠田さんがひょこっとやって来たのです。
私は単純に再会がうれしくて、
「シノダさんお元気でしたか」
「うん。幸か不幸か元気やな―。」
「いま何してるんですか?」
「車上荒らし。」

これ、ホンマにやってるわ。
おれ、わかる。この人、ほんまにやってる。

「さいきん、心斎橋方面の取締りがきつくなってきて、きびしいわー。
わしらが、荒らしほうだい荒らしたからのう。」

これは確実にやってる。
でも、警察には最後まで捕まらないような気がする。
なぜなら、シノダさんだから。
そして、お金が余っていそうな人の車だけ狙うとか、鍵の空いている車だけ狙うとか、
比較的、悪質な手口ではやっていないはずだと思われる。
悪党であっても、どこかに義賊的な、良心のかけらが残った、「ワイらの掟、車上荒らしの美学」があったのではないかと思われる。
なぜなら、シノダさんだから。

と、そんなことを思い出したわけです。

というわけでえ、
フラワーケーキの本をお買い求めのみなさま、
また、55種の模様口金をお買い求めのみなさま、

ぜひ、すばらしいフラワーケーキを

素材6割、
技術2割、
愛情2割、

で、完成していかれますことを、
心よりお祈りしております。

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55種類の模様口金セット
生クリームデコレーション、フラワーケーキ、各種製菓に(韓国輸入品)

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