あの日
タヌキがたたき殺されました。
「何者か、が夜間に畑を荒らしている」、ということで
農場主の小田さんが、わな(虎バサミ)をしかけたのでした。
一度目は、わなにかかったタヌキをみて
「かわいそうじゃな・・・」
と、小田さんと私の意見が一致して
執行猶予がつき、遠くの山中へ持って行って、釈放しました。
タヌキは弾丸のように走り去って、あっという間に見えなくなりました。
ところが畑はふたたび荒らされ
そしてタヌキがふたたびわなにかかったときには
小田さんは決意の宿った目で
「今度ばかりは我慢ならん。許されぬ。」
と死刑を宣告しました。
私は刑の執行を見ておれないので
刑場から離れました。
坂道に大きな桜の木があり
その木陰に寝転がって、枝の隙間から空を見ていました。
そしたら、山に囲まれた農場の、空いっぱいに
タヌキの悲鳴が響き渡りました。
あのような悲痛な声を、わたしは聞いたことがありません。
歴史上のどんな大作曲家が
魂からの悲痛をおらびあげる協奏曲をかきあげ
才能あふれる指揮者のもと当代髄一の楽団が神がかりの演奏をしたとしても
あれほどに心を震わせる音が、この世に響きわたることはなかったでしょう。
タヌキが、あのようなちいさな生きものが
あんなにも悲痛な大音量を出せるものとは知りませんでした。
「生まれてきて、なんでこんな目にあわないといけないのか。」
その思いを、命のエネルギーをすべて声にのせて表出したように
泥のこびりついた鉄シャベルで自身の頭部を叩きつぶされて命を奪われる
その衝撃、この理不尽な現実を、この世の端々にまで知らしめるように、
「こんなことがあっていいの!?神さま!なんでこんなことが!」
絶命の間際にありったけの思いを訴え
わずかであれ爪痕を
その声を耳にしたすべての生物の心に刻み
タヌキの命は掻き消えたのでした。