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二十粒目『ジョイのこと⑧』

《はじめに》
このエピソードは昭和の時代のお話や―。
そして地方の田舎のまちでのお話や―。
その世界の風景には、のら犬たちがふつうにおった。
ですから、その時代背景を念頭によんでおくんなはれやー。
ワイは現在ではぜったいにリードを放してのお散歩はしませんし
夜中に大声で叫ぶこともありません。
現在とは常識の違うむかしのお話として読んでおくんなさいまし。
おねがいいたします。
《注意書き終わり》


ワイは夜の散歩のときに、
ジョイにリードをつけたまま、
「自由に走り回っておいで―」
と放していたことがあったんや。

まあ、ジョイはわるいことはせんやろー。
夜中やし、人も出歩いてないしな―。
それに、犬というもの、自分の思うがままに走り回れるのが最高のしあわせや―。
と思っていたから、
ワイはジョイを放しておったんやなー。

その間、ワイが何をしていたかは謎である。
ジョイもワイも、それぞれ思い思いに散歩をしていたような気もするし、
ワイは広場のブランコにでも座って考え事をしていたような気もする。

ワイが何をしていたのかは記憶があいまいなのだが、
夜のさんぽの時にジョイを放していた、
それもかなり頻繁にそうしていた時期があったのはまちがいない。

そして、ワイは、夜空に向かって大声で、

「じょおおおおおおおい!」

と叫んでいた記憶がある。
そしたら、ほどなくして、ジョイがどこからともなく
とことこ小走りで帰ってくるのである。


「最近、夜に野犬の群れがでるらしい」

いつのころか、そんなうわさをきくようになったが、
ワイは見たことがなかった。
野犬の群れは基本的に人間を避けるもんや。
ひとを襲うという話は聞いたことがなかった。
夜、集団でごみをあさったりしているのを目撃した、という程度のうわさやったな。

ワイは野犬の群れのうわさなど、まったく気にしてなくて
あいかわらず、夜の散歩でジョイを放していた。

たいていは、ジョイは散歩に気が済んだら自分から帰ってくるのだが、
なかなか帰ってこないときがある。
そんなときは、

「じょおおおおおおおい!」

と夜空に向かって叫ぶ。
そしたら、ジョイは帰ってくる。

ところが、ある時から、
「じょおおおおおおおい!」
と呼んでも呼んでも、なかなか帰ってこなくなった。

近所の皆さんにはご迷惑だったと思う。
でもワイは心配になって、
思いっきり大きい声で、
真夜中に、
「じょおおおおおおおい!」
「じょおおおおおおおい!」
とさけびまくっておった。

そのうちにようやくジョイがトコトコと帰ってきて

「どこ行ってたんやー。心配したやんかー」

「へへ、えらいおそうなりまして。すんません」

という感じで、ジョイはなんだかすまなさそうにしていた。


さて、そんなふうに、ジョイがなかなか帰ってこないことが何度かあったある夜のことや。

ワイはいつものようにジョイを放して、
ジョイとは別行動で、散歩しとったんかなあ、
なんか、山道につながっていく車道があるんやけども、
そこをひとりでぶらついとったんやな。

オレンジ色の街灯が道を照らしていて、
そしたら、向こうのほうから、どどどどどどって、さわがしい音がした。
みると、車道を野犬の群れが、どどどどどどって、こっちに走ってきているのが見えた。

「あ、あれが、うわさの野犬の群れやんか!はじめてみた!」

十頭ぐらいは軽くおったと思う。けっこうな迫力があった。
山のほうにねぐらがあるんかな?そこに帰って行ってんのかな?
群れは走ってどんどん近づいてくる。
ワイの前を駆け抜けていくんやろな―。
先頭を走っているのがボスかいな?
さすが、颯爽としとるな。ボスらしい、貫禄のある、威厳のある、、、
ん?なんか見たことある犬やなー。

って、

ジョイやんけ!!!!!

なんでジョイが野犬の群れの先頭を走ってるねん!
完全にボスの位置におるやんけ!!
なんで群れを従えて走ってるねええええん!!!!

ジョイは通りすがりに

「あっ!」

という表情でワイのほうを横目でちらりと見て、
気づかないふりして、そのまま、
野犬の群れを従えて、山のほうへ、
どどどどどどど、と走って行ってしまった。

ど、どういうことや。
ワイは以下のように想像した。

ある日の夜、ジョイは、どこかで、野犬の群れに遭遇したんや。
月のきれいな夜やったんかな。
ほんで、群れに襲われたんやろ。
でも、強いから反撃したんやろ。
ほんで、いつものように、野犬のボスを一瞬で組み敷いてしまったんやろ。
あまりにも強いから、見たこともないような強さやったから、
野犬のボスが、
「い、井上尚弥や!」
とびっくりしてしまって、
その、あまりの強さに尊敬してしまって、

「すいませんでした。あなた様が、ワシらの、ボスになってくださいませんか」

っていうたんやろな。

「え?でも、ワイ、飼われてるんやけど。」

「でも、いま、放されてますやんか。自由行動をされてますやんか。
ははあ。あなた様ほどお強いと、人間に飼われていながら、自由に行動できるのですね。」

「いや、これはワイの飼い主があほなんで、夜は放してくれてるんやわー」

「おねがいいたします、夜の間だけでええんです。
 夜の部のボス、ということでどうでしょうか。わしらのグループに入ってくれませんでっしゃろか?」

「そうやなあ。最近はだいたい、夜は放してくれとるからなあ。
 夜だけでええんやったら、あんたらのグループに入ってもええかもなあ。
 なんか楽しそうやしなあ。」

「ほんまですか?やったあ!
 あなた様のようなお強いお方がいてくださったら、とても心強いです。
 夜のボス、これからよろしくお願いします。
 おい、みなのしゅう、新しい夜のボスに、挨拶せえ!」

「よろしくおねがいします!」

「よろしくおねがいします!夜のボス」

「頼もしいです、夜のボス!」

・・・・

ワイはさすがに考え込んでもーたわ。

あかん。しばらくは、夜に放すのはやめておこう。
ジョイが、野犬の一味と思われて、捕獲されてしまうかもしれん。

それから、ワイはしばらく、ジョイを夜中に放すのをやめたー。

なんやったんやろなーあれは。
衝撃やったわー。

(つづく)

2 件のコメント

  • 夜中に何度も「じょおおおおおおおい!」って叫び声聞こえたら面白すぎる笑

    しょうがないけど原始的すぎる笑

    これは名場面!!

  • スリリングな飼い方ですなぁ。こちら方面は山が多いけれども車がいつ通るか怖くて中々放し飼いには出来んかったんよ。お庭でたま〜に放したりしたよ。塀から顔をひょいと出して外の様子を見るんが好きやった子がおったよ。ジョイは沢山の知り合いが出来て嬉しかったやろね。夜だけフリーって最高やん!しかも先頭リーダーって!ジョイ、やるやん!

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