百六十二粒目『くるぶしが痛い』

「過去のことは忘れて今と未来に生きるんや」

それがワイの思想ではあるんやけれど
きょう道を歩いていましたら、左のくるぶしが痛み始めました。

「ははあ。これは、あれあだな」

とわたくしは思いました。
ほねに響くような痛み。

これは、わたくしの古傷なのでございまして
なして、今になって痛み出すのか？

そんなわけで思い出してしまった。

高校生のときや。
ワイは短距離走はからきし遅かったんやが
なぜか長距離走だけは得意やったんや。
文芸部なのに、陸上部の遅い人よりは早いぐらいの実力者やったんや。

「なんで短距離おそいのに長距離はやいねん」っていうことなんやが
しらんがな。
しかし、わいののうみそには、金科玉条のごとく
「スポーツできる人間がすばらしい」
という刷り込みがあった。
いや本能で感じていたのかもしれないが
当時のワイのかんがえでは

「走れたらカッコええ」
「体育の時間には女子も見とる」

その結果、ワイはこう結論した。

「1500メートルなら、ワイ、ええカッコできる！！」

そんなわけで、ワイは翌日の体育の授業で1500メートル走がある前の日に
「いっちょ、トレーニングしとこか」
ってことで、日頃は文芸部とか青少年赤十字部とかでぬるま湯の毎日をおくっていたけれど
その日の放課後は近くの天神山に行って、ダッシュで山頂まで山道を駆け上がり、
ダッシュで山道を下りてきたんや。。

そしたら、下山の途中でつまずいてしまって、せいだいに足をくじいてしまった

「いてててて。」

そうして足を引きずって家に帰ったんや。
「これ、明日ははしれるかわからんな―」
と思って寝た翌朝、足のくるぶしの部分がぷっくり腫れて、
固定されて、痛みはそんなに感じない。

「走れる！」

と思ったんや。
さほどに
「カッコよい姿を見せたい」
という欲望は強いものなんやなあ。

そうして体育の授業になった。
クラスのメンツを見回しても、
陸上部もおらんし、
「これはワイの勝ちや！」
と確信したもんや。

そうして、よーいスタートなって、ワイは「楽勝や！」とさっそうと走り出したんや。
もちろん、さいしょから一生懸命走るのはカッコ悪いので、まずはゆっくりスタートや。
しばらく後ろのほうを走っていて、そうして、「そろそろいきましょう」ということで、すぴーどを上げて、
おともだちたちをつっついたりしながら、「おさきにい～」といってビューンとスピードを上げるのや。

「ははははは！」

と笑いながら疾走し、ワイはトップにおどり出たのや。そのまま、あとトラック半周。
さあ、最後にもう一段、ペースを上げて、よゆうしゃくしゃく、いっとうしょうや～～～
と思ったら、ちょっと足が痛むんや。「あ、最後はゆっくりながそう」とおもった、そのときや。

うしろから、ドドドドドドドド、とすごい勢いで追い上げてきているやつの気配が！

ちらと振り返ると、田村くんや。
なんか、
「この、にゃんたの野郎、調子に乗りやがって、ワイが抜かしてやるわ！」
っていう表情で向かってきてるんや。
なんやこのひと、マジやんか。
しかしワイは「ふふん」とせせら笑ったんや。

「田村くんがワイに追いついたそのタイミングで、一気にギアを上げてラストスパートして突き放してやるわ！」

と思ったんやな。せいぜい追いついてきなさい。自信満々や。

さて、背後から田村くんがどどどどどどとやってきて、ついにワイに並んだ。ワイをぬかそうとしてきた。
ゴールまであと半周、最後のコーナーや。

「ここや！！！！」

とワイは一気にギアを上げた！
はははははは！ついてこれまい、田村くんよ！
まだまだ、ワイには及ばないのだよ！

とおもったのに、田村くんも同時にギアを上げよった！

「こ、こしゃくな！」

ワイも全力で走り出した。
そして二人は

ドドドドドドドドドドドド！！！！！

とデッドヒートを繰り広げたんや！

そして！ゴール手前、
「あかん」
って、ワイはスピードをおとしてしまった。
くるぶしがはれて思うように動かんようになったんや。

そうしてめでたく田村くんが勝利をおさめ、一位でゴールした。
ワイは足を引きずりながら、2位でゴールした。

あとでトヨタが

「おめーら二人、なんなんかいや。さいごでブチ本気で走りだしてから。みんな笑いよったど。」

とばかにされてしまった。

ワイはほんとうに悔しかった。
「足をくじいていた」と言い訳したかったけど、みぐるしいもんなー。
たむらくんは思いのほか速かった。足が動いても負けてたかもしれないなー。

で、足が腫れて痛いから、そのあと病院に行って、レントゲンとったら
「亀裂骨折」
すなわち、骨にひびが入っとった。

骨にひびが入っているのにもかかわらず、
わいはただ、女子のいる前でええかっこしたくて、1500メートルをはしり、
ゴール手前で田村くんに本気の勝負で負けて、カッコ悪いところをさらしてしまったのである。

しかし、これほど、わたくしの自尊心を慰めた診断結果はなかった。

「骨にひびが入ってなかったら、まけちょらんかった！」

と言い訳にいっぽん、筋が通ったのであるからして。

というわけで、いまでもワイのくるぶしはいびつにへこんでおり、
時折、思い出したように、痛むのである。

おわり。